虎すぐるの日記

2010-05-31

僕のゆらぎの歴史

23:12 | はてなブックマーク - 僕のゆらぎの歴史 - 虎すぐるの日記

flicker.g.hatena.ne.jp/glatan/20100531へのコメントが長くなったので、記事としてのせる。


ゆらぎの神話が衰退した原因はwikiではない。TCGへ興味が移っていくことによって、記述の母体であったBBSの機能不全によってゆらぎの神話は今のような形になった。少なくとも僕はそう思っている。

僕がゆらぎの神話を見つけたのは2007年の終わり頃、ちょうどNivさんのTCGが開催されていた時だ。応募はもう締め切られていたから、ストーリーや参加キャラクターのフレーバーテキストを読みふけった。そこからゆらぎの神話グループのポータルを発見して、『ゆらぎの神話』BBS、ゆらぎの神話百科事典、PBBSを3日間くらいの間むさぼるように読んだ。

その後しばらくはゆらぎの神話から遠ざかっていたけど、TCGの結果が気になって見に行ったのが確か1月の終わりくらい。そこでゆらぎの神話を眺めていたときに、ゆらぎチャットを見つけた。そこには今の回路チャットと同じような風景があって、ここがゆらぎの神話の中心だと一目でわかるような熱気。確かTCGの話題で持ちきりだったのを覚えている。それを見て僕はゆらぎの神話に参加することを思い立って、はてなのアカウントを作り、管理者のうつさんに申請を送り、ポータルに日記を書き始める。

それから一年ほどの間僕はだらだらとゆらぎをやっていた。具体的にはポータル日記に記事を投稿したり、BBSに書き込んだり、TCGWにキャラクターを送ったり、チャットに参加したり。5月にはパンゲオライオットという企画があってそれにも参加した(が、未だに投げっぱなしになっている)。そうして2008年も終わろうとした12月頃、チャットで議論が持ち上がった。ゆらぎの神話はこのままでいいのか、という議論だ。

ゆらぎの神話のゆるやかな衰退は、僕が参加した頃からすでに始まっていたと思う。TCG以前は知らないけど、TCGが終わって以降からぽつぽつとそういう議論はされていた。原因は何なのか、解決策はあるのか、いや、そもそも解決する必要はあるのか。週末にチャットに集まって深夜まで何度も議論をした。ゆらぎの神話はかつての熱気を取り戻していた。

そうやって何度目かの議論をしていたある日、確かポーンさんが、チャットに集まっていた皆に、僕たちはゆらぎの神話に一体何を求めているのか、と聞いた。一人ひとりがそれぞれのゆらぎの神話の理想の姿を語り、その一人ひとりの理想はあまりにも乖離していた。バラバラの目的を持った人間が集まって議論をしても、答えが出るわけがない。そうやって僕らの議論は終わり、結論は出なかった。

いや、結論は出なかったけど、変わった所はある。ポータルのトップ画面が今のレイアウトに変更された。前はもっとリンクだらけでごちゃごちゃしていたものが、初めてここを訪れた人がどこを見ればいいかわからなくなるということで、単純化された。これと前後して、これは完全に僕の主観だが、リンクが張られなくなったことでBBSの書き込みがほとんど止まってしまった。これによってwikiがbbsの記述を分類して保存するという役割から、glatanさんの言うような記述の主体そのものになった。

2009年は、あまり自信は無いが、たぶん、TCGとマーガレットの年だった。というのも、僕は6月に日記を書いたくらいであまりTCGやマーガレットに参加してないからだ。そして今はブレイスヴァが流行っている。「ゆらぎの神話は三つに分けられる。TCG以前、TCG以後、そしてブレイスヴァだ。」今活動しているゆらぎの神話関連は、僕の知るところTCGと、Bigiさんのフウイン再開くらいじゃないか。*1ともかくこれが現在に至る、僕のゆらぎの神話の歴史。

*1:僕の観測範囲が狭いだけの可能性もかなりあるので、ほかにあればコメントで教えてほしい。