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世界最終舞踏 RSSフィード

2009-09-01(Tue)舞踏会三十五日目

[][]残響必徹ノベラゴン九日目・最終日Vol.03 20:37

書けば書くほど分量が増えていくってどんな魔法なんでしょう。


夏の終わりの神隠し 中編その2(11.5KB)

 絶妙な角度で水に差し込まれたタモは、ぱしゃんと軽やかな水飛沫を上げて五匹めの金魚をボールに放り込んだ。

 モナカが破れる様子も、晃平が敗れる様子もまだない。

「晃平すごーい!まだいけるじゃん!」

一匹めを深追いし過ぎてあっという間にタモをだめにした結子がはしゃぐ。私も、白の体に赤と黒が斑になった二匹めをさっき取り逃がしたところだ。晃平は余裕の表情で答えてみせるが、眼は獲物を狙うライオンのように鋭い。再び上がる水飛沫。黒いリボンを折り畳んだような、ひらひらとした尾びれが見事な放物線を描いてボールにダイブした。いつの間にか集まっていたギャラリーがおおーと感嘆の声を上げる。満面の笑みとブイサインでそれに応え、晃平はタモを置いた。

「もういいの?」

 やや大きめのビニール袋に金魚が入れられていく。随分狭そうだ。

「これ以上捕ってもなー。ほら、待ってるのもいるし」

 晃平の技につられてか、屋台の前には行列ができていた。それぞれ袖をまくり上げて水面を睨んでいる。なんとなく金魚たちが怯えているように見えるのは気のせいだといい。

「じゃ、次行きますか」

 覗きこんだ袋の中から、黒い金魚がちらりと私を見た。

 食べて飲んではしゃいで、そろそろ疲れが見え始める頃に時計を見れば、花火までもう少しというところだった。休憩も兼ねた場所取りを提案すると、みんなはほっとしたように賛成してくれた。本殿のさらに奥、滅多に人の来ないところは地元でもあまり知られていない穴場だ。

「ねえ、こんなところ入って大丈夫?怒られないかな」

 心配そうな綾香に晃平がからからと笑ってみせる。

「だーいじょうぶだって!今日はお祭り、バレたって大目に見てもらえるっしょ!なあ一哉?」

 急に話を向けられた一哉は一瞬、晃平の声が聞こえていないようだった。はっと顔を上げ、笑顔を作ってみせる。

「ああ、そうだな」

「なんだよなんだよ、もう疲れたのかよー」

「そうじゃねーって。ほら、行くぞ」

 先を行く一哉と、じゃれつくようにそれに続く晃平。それを不安そうに見つめる結子。綾香がそっと歩み寄る。

「どうしたんだろうね、一哉君」

 うん、と小さく頷く結子。

「ちょっと疲れたのかもしれないな。大丈夫だよ、少し休めば」

 そう言ってぽんと肩を叩いたとき、ふっと結子が顔を上げた。その瞳の色に思わず手を退ける。

 不安と怒り、焦りと悲しみ、それが全部ない交ぜになって揺れている。触れれば破裂しそうな感情が透けて見えた。結子が今まで見せたことのない瞳だった。

 けど、何より驚いたのは。

「結子ちゃん、行こ?大丈夫だよ」

 綾香にそっと肩を抱かれ、ゆっくりと歩いていく。暗がりに蝶と花が消えていく。私は立ち尽くしていた。そこに張り付けられたみたいに。

 ごちゃ混ぜの感情は、全部私に向けられていた。

 一哉の隣に結子、隣に綾香が座り、そこに晃平と私が続く。砂利を敷き詰めた地面は乾いて、撫でるとひんやりとしている。ぽっかりと開けた空から星が見えた。みんなが楽しそうに話しているのをぼんやり聞きながら、さっきまでのことを思い返す。願いは叶わないと告げた声。凍る手。一哉の視線。結子の瞳。楽しみにしていた花火の日なのに、結子の大切な日なのに、どうしてこんなことばかり起きるんだろう。そんなに悪いことしたつもりなんか、ないのに。

「そろそろ始まるよ!」

 空を見上げて、悟られないように溜息をつく。まずは結子の告白が上手く行ってくれればいい。それで全部帳消しだ。花火が始まったらうまいタイミングで抜け出して、晃平は綾香に任せよう。誘われたら確実についていくはずだ。あとは適当なタイミングで戻ってくればいい。その頃には全てうまくいっているはずだ。

 体を貫くような轟音と共に、夜空に広がった最初の花火。せめてこの先は、明るくなりますように。

 空に吸い込まれる笛の音。燃えて光る色の連なり。消えながら落ちていく火の粉。ちょうど吹き始めた風が煙をさらう。鼻を掠める火薬の匂い。自分の憂鬱も一緒に空へ打ち上がって、弾けてしまえばいいのに。そうすれば晴れない胸の内だって明るく照らされるだろう。せっかくの綺麗な花火を、こんなに苦い思いをしながら見上げる必要もない。今夜叶う恋だって、なんのわだかまりもなく祝福できるはずだ。ときには二人を冷やかしながら、これからも五人で仲良く過ごしていける。

 もう一度、溜め息。さすがに考えすぎだ。みんなみんなうまくいくに決まっている。花火が狂いなく、狙ったとおりの空に打ち上がるように。心配しなくたって、そっと窺えば二人は幸せそうに寄り添っている。私がやるべきこと、できることはただ一つ。そろそろそっと、ここを立ち去ること。

 地面に直接座り込んでいたので腰が痛んだ。ゆっくり立ち上がると、草履がじゃらりと音を立てた。

「ごめん、なんかお腹痛いや」

「え、嘘?大丈夫?」

 花火から眼を離して心配そうにこちらを見上げるみんなの表情に、本当にお腹を壊しそうだった。いやいや、でも今ばかりは。

「やっぱ具合悪かったんじゃん。無理すんなよ」

 むすっとした顔で晃平が言って、よっこらせと立ち上がった。

「俺も行く」

 予想外の発言だった。心配だからとかなんとか色々呟いているけど、まさか晃平がそんなことを言うと思わなかった。

「しっつれーだなお前。俺が心配しちゃ悪いかよっ」

「いやあ、そうじゃないけどさ……」

「じゃあ、私も行く。晃平君も一緒に行こうよ。まだ見てないお店もあるかもしれないし」

 綾香がすかさずそう言う。ね?と念を押されれば素直に頷く。成り行きとは言え、これで三人一度に退場できることになった。結果オーライだ。ありがとう綾香。

「じゃあ、二人はここで待っててね」

 結子の眼をしっかりと見て言う。私に対して何を思っているかは良くわからないけど、少なくとも邪魔はしない。言葉はなしにそう告げたつもりだった。結子は眼を逸らさず、うんと頷き返してくれた。まだ不安そうな表情ではあったけど、しっかりとこっちを見てくれた。ほんの少しだけど、肩の荷が下りた気分だった。あとは二人を伴って、早々に出て行くだけ。大丈夫、大丈夫と言い聞かせながら。はやる気持ちに合わせて、慣れない草履の足許が滑らないようにゆっくりと。これで舞台は整った。本殿がすっかり見えなくなる頃、一際大きな溜め息が漏れた。

「あれなら大丈夫だな」

 晃平がにやっと笑って言う。あれ、こいつもしかして。

「知ってたの?」

 当然、と胸を張る晃平。なんと結子に直接聴かされていたらしいのだ。がっくりするとはまさにこのことだ。こう言っちゃなんだけど、そういうことに関しては鈍感すぎるほど鈍感な晃平をどうやってあそこから立ち去らせるかは私にとって一番の問題だったのだ。結局綾香に任せるというひどい方法しか思いつかなかった、とはさすがに口が裂けても言えないけど。

「知ってたなら言ってよね、全くもう……」

 ねえ?と綾香に眼を向ければ、ほんとだねとにっこり笑ってみせう。ただその顔が、なぜかほんの少し強張っているように見えた。心なしか顔も青褪めているようだ。

「綾香?どうしたの?」

「ううん……なんでもない」

 そのまま俯いてしまった横顔は、思いつめたような泣き出しそうな、とても危ういものだった。

 花火の音が、やけに遠く聴こえる。

 花火が始まっても、まだ屋台に群がる人たちは多かった。そこをすり抜けすり抜け、あてどもなく歩いていく。

「でもさあ、ここまでお膳立てしないと告白できないってのもどうよ?」

 心配していたことがあっさり片付いてしまって、気の抜けた私はやや荒っぽくそう言った。

「まあまあいいじゃんか。タイミングってやつだよ。こういうチャンスは大事にしないとさ」

 それを聴いた綾香が、ふっと顔を上げる。

「誰にでもそのチャンスがあるわけじゃないけどね」 

 いつもおっとりした口調の綾香に似つかわしくない、鋭くて冷たい言い方だった。そしてそれはあからさまに、晃平に向けられた言葉だった。

「それってどういうこと、綾香ちゃん?」

 問いかける晃平にも、普段のちゃらけた態度はない。軽く細めた眼が蛇のように綾香を捉えている。

 二人が何を言っているのか全くわからない。けれどはっきりしているのは、私の知らない何かを、二人が確かに知っていること。

「ねえ、ちょっとどういうことなの?」

 説明してよ。言いかけた言葉は、刺すような綾香の視線に遮られた。めったに怒らない人が怒るとものすごく怖いというけど、綾香の眼はまさしくそれだった。思わず背筋が寒くなる。

「泉水ちゃんも、責任がないとは言えないんだよ」

「…………え?」

 何を言ってるんだ、綾香は。私が何をしたって言うんだ?私だって綾香にも晃平にも色々迷惑かけてきたけど、こんなに怒らせるくらいのことをした覚えはない。

「気にするな、泉水。悪いのはお前じゃない」

 泉水?今、私を泉水と呼んだ?泉水「ちゃん」じゃなくて?今までそんなこと、あった?思い出せ。思い出せ。今までそんなことは――ない。ただの一度も、そんなことは、ない。

「じゃあ誰が悪いの?ねえ、晃平君。晃平君にとっては、誰が悪いの?」

 そこで言葉を切り、綾香は言った。

「自分と同じ泉水ちゃんを好きになった、一哉君が悪いの?」

 一瞬。お祭りの喧騒が、遠くなった。

 今、綾香は、なんて言った?

「あ、やか?それ、え?なに、それ……どういう、こと?」

 みんな勘だよ、と綾香はすげなく言う。それはつまり、当たりと言うことだ。いつだって、誰よりも冷静で、笑顔の奥におそろしいほどの観察力を秘めた彼女の勘が外れたことは、ただの一度だって、ない。

「持ちかけたのは、晃平君だね?」

 薄く笑いを浮かべたまま、晃平は答えない。それを肯定ととって、綾香は続ける。

「一哉君と一番仲の良い友達の晃平君に、結子ちゃんは一哉君のことを相談した。そこできっと、結子ちゃんは一番大きな心配事を話したんだと思う」

「『一哉が好きなのは、泉水かもしれない』」

 そう口にしたのは、晃平だった。おかしそうに、諦めたように、笑う。ひどく冷めた眼で。

「やっぱ、気づいたか。危ないかなっとは思ったんだけどさあ」 

 どうせ誘っても、綾香ちゃんは手ェ貸してくれなかっただろうけど。愚痴を吐くような口調。綾香は、じっとそれを見つめている。

「正直嬉しかったよ、それ聴いたときはさ。やっと俺にもチャンスきたなって」

 ――どうしよう。もしそうだったら、私……

 涙を浮かべ、必死に縋る結子の顔を思い浮かべたのか、晃平はまた笑う。冷たい、嘲りの笑い。

「俺が先か結子ちゃんが先か、今日になるまでわからなかったけどさ。どっちだっていいし、あいつらのことはどうだってよかった。泉水さえ、俺のものになればね」

 ――大丈夫だって。結子ちゃんが手伝ってくれればさ。

 欲しいものは二人とも違った。けどひとつだけ、目的は同じだった。一哉に、私を諦めさせること。

「しっかし、勘の良さは相変わらずだったね。どのへんでわかったの?」

 ひどく軽い、口調。綾香は静かに口を開く。

「泉水ちゃんがお腹痛いって言ったとき。普通だったら晃平君、自分も行くってすぐに言い出さないでしょ?」

 つまり、綾香は。晃平を止めるために、晃平と綾香の取り引きを、私の前で種明かしするために。そのために、私と一緒に来たのだ。

 きっとそれは、綾香なりの正義感だったんだろう。全員が揃った場でこの話をしなかったのは、取り引きを持ちかけた晃平を先に咎めるため。二人の許に戻れば、今度は結子を責めるだろう。一哉の眼の前で。私の眼の前で。

「それに、一哉君を見てたらわかったよ。ずーっと泉水ちゃんを、見てたから」

 綾香は、自分に酔っているんじゃない。そんなことは絶対にない。ただ、誰かの想いを利用し踏みにじるような行為を、誰の想いにも気づけなかった私を、許せないだけだ。そのまっすぐなところが、みんなは好きだった。そんんな綾香が、ずっと好きだった。

 だけど、今は。

 そのまっすぐさが、痛い。

 そのまっすぐさが、私たちの間に取り返しのつかない傷をつけていることが。

 どうしようもなく、痛かった。

 ふう、と晃平がつく溜め息。

「降参、降参。まったく、綾香ちゃんには敵わないね」

 おどけた言葉。いつもと同じ調子で。

「でもさあ、これだけ言わせてよ」

 晃平が、私に向き直る。そこにあるのは笑顔。いつもと同じ、やんちゃで無邪気な、私の知っている少年の顔。だけどそれは。

「泉水。お前は信じないかもしれないけどさ」

 だけど、それは。

「お前のためなら、今ここで綾香ちゃん、殺せるよ」

 もう、遅すぎた。

 誰かの笑い声が聞こえる。震えて乾いた、どうしようもない笑い声。それが自分の口から漏れているのだと気づくのには、時間がかかった。いつの間にか、私は笑っていた。ぼろぼろと涙をこぼしながら。

「なんで、言うかなあ……」

 疲れきった声を振り絞って。

「綾香も、晃平もさあ。なんで言うかな。言わなきゃよかったのに。言わなきゃ、ずっとこのまま、みんなで仲良くやってけたのにさあ。どうして、こういうことするんだよ」

 ぽん、と頭に手を乗せられる。くしゃくしゃと髪を撫でながら、晃平が苦笑いして私の顔を覗き込んでくる。

「お前には、わかんないだろうなあ。みんなで仲良くって、どんなに辛いのかってさ」

 突き放す言葉を、ただ優しい声で。

「お前が一哉と話してるとき、俺と結子ちゃんが、どんな気持ちだったかわかる?多分わかんないと思うよ。お前は、何も知らなかったんだから」

 手が離れていく。声は、今度は綾香に向けられた。

「綾香ちゃんもさ。わかってても言わないほうがいいことって、あるじゃん。黙って、それぞれくっつけばみんな平和に終わったんだよ?綾香ちゃんならわかると思ったんだけどなあ」

 あ、もしかして。楽しそうな、からかうような声で、晃平は続けた。

「もしかして綾香ちゃん、俺のこと好きだった?」

 なくした言葉の隙間を、喧騒と花火の轟音が埋める。溜め息のように漏れる笑い。もう全部、何もかも終わってしまったと、やっと気づいたような。綾香らしくない、諦めの笑い。

「そんなわけないでしょ、ばあか」

 その言葉を聴いた瞬間、私は石段を駆け上がっていた。