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世界最終舞踏 RSSフィード

2009-08-30(Sun)舞踏会三十四日目

[][]残響必徹ノベラゴン八日目・最終日Vol.02 02:21

 延長戦が一回で終わるなんて、誰が決めたんです?


夏の終わりの神隠し 中編(7.28KB)

 鳥居から石段の手前まではしばらく開けた空間が続いていて、そこにもたくさんの屋台が軒を連ねている。

 細長い針が一度走れば、それにつられて真ん丸に焼けたたこ焼きが顔を出す。お好み焼きのソースの焦げる匂い、ずらりと並んだアニメキャラクターのお面。水色の水槽の中を優雅に金魚が泳いでいる。色鮮やかなチョコバナナが裸電球の下でつやつやと光る。くじ引き屋に群がる子どもたち。威勢のいい客寄せの声が響き渡る。頭にタオルを巻いたいなせなお兄さん、長い髪を後ろで縛り鮮やかにこてを捌くお姉さん。やっとその界隈を抜ける頃には、みんな手に手に美味しそうなものを抱えていた。結子はガラス細工みたいなりんご飴を少しずつ舐め、綾香はクリームたっぷりのクレープにかぶりついている。一哉は焼きそばを啜り、晃平はお好み焼きに焼き鳥にたこ焼きにアメリカンドッグ、おまけ鯛焼きとととても一人では食べきれないほど買ってきていた。

「今日は俺のおごりだ!みんなばんばん食え!」

 浴衣美人のオンパレードでどうしてそこまで機嫌が良くなれるのかわからないけど、御馳走してくれるのをわざわざ断ることもない。アメリカンドッグを一本もらって齧る。外はさくさく、中はふわふわの生地に包まれてあつあつのソーセージが顔を出す。暑さのせいか適度なしょっぱさが心地よい。

「泉水、それなに?」

 結子が私の買ったものを指して言う。りんごを齧る様がリスのようで可愛い。

「フライドパスタだってさ」

 なんのひねりもない名前の通りの料理だ。茹でていない生のスパゲッティを油で揚げて、塩で味付けしたもの。値段の割に量が多く、ぱきぱきとして美味しい。

「美味しそう!もらっていい?」

 オレンジと白のストライプの紙コップを差し出すと、するすると一本引き抜いていった。あれならポッキーゲームができるな、と妙なことを考えていたら綾香と眼が合って、にこっと笑われた。そんなに考えていることが顔に出るんだろうか、私。

「いいなー。俺もちょうだい」

 続いて一哉の手が伸び、クレープを食べ終えた綾香も楽しそうに齧った。

「泉水ちゃーん、俺も!」

 荷物が多すぎて両手のふさがった晃平が情けない声で訴える。仕方ないので二本まとめて口元へ差し出してやると、魚のようにぱくんと食いついてきた。

「美味いっ!泉水ちゃんの愛の味がする!」

 さすがに冗談が過ぎるので、一発殴っておいた。

 残りの食べ物をみんなで手分けして食べ終えると今度は飲み物が欲しくなった。一哉と晃平がまとめて買いに走る。良いチャンスだ。

「結子、ちょっと渡したいものがあるんだ」

「私に?なになに?」

 綾香が巾着の口を開け、先ほどのお守りを手渡す。封を開け中身を見た結子の顔がぱっと明るくなった。

「泉水ちゃんと一緒に選んだの。……今日、一哉君に言うんでしょう?」

「うん、そうだけど……あ。それでさっき、二人ともどこか行ってたんだね」

「絶対、うまくいくから。応援してるよ」

「結子ちゃんなら大丈夫だよ。自信持ってね」

 結子の瞳にみるみる涙が浮かんでくる。まだ泣くのは早いよ、と綾香が宥めると、うん、うん、と大きく頷いて満面の笑顔を見せてくれた。

「ありがとね、二人とも。ほんとにありがとう。私、頑張るからね」

 丁寧に結い上げた髪を崩さないよう、そうっと撫でてやりながら、私はお稲荷さんに祈った。

 今夜はどうか、この子の願いを叶えてあげてください。お願いします。

 どうにかこうにか石段を登り終え、本殿のある広場へ進むとここも人であふれ返っていた。神輿がもう外に出され、半纏姿のお兄さんがそれを取り囲んで打ち合わせをしている。屋台の数も下より増えて、焼き鳥屋から上がる煙がもうもうと夜空へ吸い込まれていく。本殿に参拝する人も多い。がらがらと鈴の鳴る音がしきりに聴こえる。

「お参りして行こうか」

 急にそう言い出した私に、綾香がすぐさま頷いて、結子は嬉しそうに笑って、男子二人はきょとんとしていた。やっぱりきちんとお賽銭を上げて、お願いしたほうがいいだろう。財布の中から探し出した一番綺麗な五円玉をぎゅっと握りしめる。ジンクスができるくらいご利益があるんなら、私の願いも叶えてもらえるはずだ。むしろ叶わなかったらこっちが呪いたいくらいだ。

 賽銭箱に五円玉を入れ、垂れ下がった縄を掴んで揺さぶる。ものすごい音がしたけど気にしない。おい聴けとばかりに鈴を鳴らし、柏手を打つ。なんでこんなに強気になっているのかわからないけど、いいんだ今日くらいは。しっかりと手を合わせ眼を閉じて、祈る。

 結子と一哉が、両想いになりますように。

 一心に祈る。ひたすらに祈る。周りの音が聴こえなくなるくらい、綾香が呼ぶ声も聴こえないくらい、必死に祈る。

 ――誰かの嗤う声。侮辱するような、冷たい嗤い。腹が立った。こっちは一生懸命祈っているのに、何がおかしいんだ。

 さっきからうるさいよ、お前。

  放っておいてよ。真面目にお願いしてるんだから。

 真面目にお願いねえ。はーあ、そうかいそうかい。

  当たり前でしょ。今日は絶対に叶えてもらうんだから。

 無理だ。

  無理?

 お前の願いは叶わない。どうやってもな。

  叶わない?なにそれ。どういうこと?

 さあな。とにかく、そこの小娘のことは諦めな。

  冗談じゃない、そんな話あるもんか!

 ない訳ないだろ。お前、俺が誰だかわかってるのか?

  誰?誰ってそりゃあ…………え?

 ――再び、嗤い声。

 また、あとでな。

 ――冷たい感触。冷えきった手で、頬をすうっとなでられるような。

 息が止まった。冷たい汗が背筋を流れる。誰?誰だ?あれは――誰?

「…………ん……ちゃん…………泉水ちゃん、泉水ちゃん!」

 弾かれるように顔を上げると、綾香が私の肩を揺さぶっていた。

「どうしたの泉水?顔真っ青だよ、ねえ大丈夫?」

 泣きそうな結子の顔。おろおろしている晃平。一哉がすっと手を伸ばして、額に手を当ててくれる。あたたかい、血の通った人の手だった。

「熱はないみたいだけど、とりあえずどこかで休もう。な?」

 参拝を待つ人の群れの中を、一哉に手を引かれて抜け出していく。大丈夫だよ自分で歩ける、本当はそう言いたかった。結子の顔をまっすぐ見られない。仕方ないと自分に言い聞かせながら、それでも悲しげに陰ってしまう瞳で結子は私を見つめていた。

 広場の隅に置かれたベンチに腰かける。額に浮いた汗を拭っていると、ぱたぱたと晃平がこちらへ走ってくるのが見えた。冷たいお茶のペットボトルを手渡してくれる。

「大丈夫か?」

 ありがとう、と答えた声が自分でも驚くほど弱々しかった。お茶をゆっくり飲む。だんだんと気分が落ち着いていくようだった。

「まだ暑いし、この人ごみだもんね。ちょっと疲れちゃったのかもね」

 他になんと言えばいいかわからず、黙って頷く。誰とも知れない相手に話しかけられたなんて信じてもらえないだろう。私だって信じられないし、信じたくない。

 けれど、あのとき確かに頬に触れたもの。まるで死人のような、凍るように冷たい手。お前の願いは叶えられないと、心底楽しそうに告げた低い声。そしてあの、無理矢理噛み殺したような嗤い声。何もかもを無駄だと嘲るような、何もかもが無駄だと知っているような、そんな嗤い。私の大嫌いな、嗤い。拳をぎりぎりと握る。恐怖と怒りが胸の中でごちゃ混ぜになって、爆発しそうに煮立つ。今すぐあの声の主を探し出して殴り倒したい気分だった。

「どうする?今日は、もう帰ろうか?」

 殊勝にも結子がそう言う。そんなわけにいかないよ。今日の主役はあんたなんだから。どうせここで私が帰ったら、心配で告白なんかできなくなっちゃうでしょ。せっかく最高のチャンスがめぐってきたんだから。

「大丈夫だよ。多分、ちょっとした暑気あたりだから。もう平気」

 軽く立ち上がり、下駄でジャンプまでしてみせる。本当はまだ少し、めまいがするけれど。

「ほんとに大丈夫?無理しちゃだめだよ?」

「だいじょーぶだいじょーぶ!もう、心配し過ぎなんだよ綾香はさあ!」

 けらけらと笑って見せれば、やっとみんなもほっとしたように表情を緩めた。そう、私たちにはこれが一番似合ってる。みんな一緒にいるから、大丈夫だ。

「おーっし!それじゃあ、見物の続きと行きますか!」

 威勢よく声を上げた晃平に、おーう!と腕を突き出して応える。右に結子、左に綾香を従えて、がっちりと肩を組む。結子がちょっと泉水重たいよーと抗議すれば、泉水最近太ったんじゃないのー?と綾香がちゃかす。

「失礼な!セクハラだぞ!女にセクハラしてどうするんだ!」

 きゃははは、と明るい笑い声があふれた。晃平の先導で、私たちはさらに祭りの中心へ進んでいく。

 ふと、視線を感じて振り返る。一哉がじっと、私を見つめていた。何か言いたそうな、思いつめたような眼で。痛いほどまっすぐな瞳で。

 苦しくなって外した視線を外す。一哉の薄い唇が、泉水、と小さく囁くのがほんの一瞬、見えた気がした。