Hatena::Groupflicker

世界最終舞踏 RSSフィード

2009-08-27(Thu)舞踏会三十二日目

[][]本日も日付変更!残響必徹ノベラゴン五日目 00:04

*お知らせ

 「ゆらぎの神話」内で行われた記述ゲーム「パンゲオン・ライオット」及び投稿作品の「R.I.O.T.」をご存じない方は、まずこちらこちらをご覧ください。


黄昏ティーカップ / R.I.O.T.# (6.88KB)


 夕暮れの草原。遠くに連なる山々の、合間をすり抜けるように夕陽が沈んでいく。

 まばゆい光線に照らされる世界は燃えるように輝く。反対側の空は既に深い青に色を変え、一つ二つと星が姿を見せ始める。

どこまでも穏やかな、落陽の風景。

「ああああああもうどうしてこんなときに寝過ごすかなあ!」

美しい風景には無粋とも言える、苛立ちと焦りを隠そうともしない怒鳴り声が辺りにこだまする。声の主は揺れる草の波を泳ぐように駆け抜けていく。が、その速度が少々速い。正確に言えば、既に通常の生物が走る速度を超えている。草を薙ぎ倒さんばかりの勢いで何かが通り過ぎていく。そのあとにはわずかに、空色の光が残像に残った。

 風になびく長い耳。ふわふわと柔らかな毛が夕陽に照らされオレンジ色に染まる。しきりに瞬きをする赤い瞳。せわしなく地面を蹴る四本の脚。彼はロイ・ディリス。この世界に住む「兎」と呼ばれる動物だった。人語を解し人語を操る数少ない獣であるロイは、大急ぎである場所へ向かっている。脚に埋め込んだ概念系魔導言語の出力を微妙に絞り、自分が最も速く走れる状態を保持する。優秀な機能だが体力の消耗もひどいため、彼は滅多にこの「形態」を使わない。

にも関わらず、彼が全速力で駆けていくのには、理由があった。

 この日、ロイはある人物と会う約束をしていた。彼が好意を抱く人物だった。「会えるだけでどきどきするし、会えないときはなんかつまんない」と全く疑いようのない恋心だった。一緒にお茶を飲もうと決死の思いで誘ったのは彼からだった。相手は鬼気迫る表情のロイにやや眉をひそめたが、結局了承と答えた。それだけで彼は天にも昇る心地がした。嬉しさのあまり何度も渾身の蹴りで地面を割りかけ、即刻止められた。

お茶会の前日、ロイはなかなか寝付けなかった。会ったらどんなことを話そうか、何か気の聞いた冗談でも一つ覚えていこうかと寝床をごろごろと転がりまわるうち、夜が明けてしまった。彼は諦めて、約束の時間までそのまま起きていることに決めた。お茶を飲むのだからお茶菓子が必要だろうと思いつき、日が高くなった頃にどこかで調達しようと白々と明ける空を眺めながらロイは考えた。

 そして、気がつくと夕方だった。

「あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁぁああああああ!?」

 当然のことだが、約束の時刻はもうとっくに過ぎている。自慢の赤い瞳さえ青褪めるような心地でロイは走り出した。息が切れるのも構わず約束の場所へ向かう。せっかくのチャンスだったのに、まさか自分でふいにしてしまうなんてバカにもほどがある。ずっとずっと好きだったのに、これでもう二度と自分の気持ちを伝えられることはないだろう。なにやってんの俺。ああ情けない。ごめんさよなら俺の初恋。

 悲しくて悔しくて情けなくて、こぼれ落ちる涙が宙に舞う。ぼろぼろ、ぼろぼろととめどなく、前が見えないほどに。

 結果、いろんな意味で前が見えていないロイは、トップスピードのまま突き出した岩につまづいたのだった。

「ほぉわああああああぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」

 勢いがつきすぎたせいで、彼の体は地面に叩きつけられることなく空中に放り出される。ゆるやかな宙返り、夕空に描く完璧な放物線。ふたつの耳がはためき、四本の脚がばたつき、叫び声が茜雲に吸い込まれる。そのまま地面に叩きつけられる――

 ぽすん。

 ………………………………………………………………。

 ぽすん?

「…………うえ?」

「何やってんだお前は」

 適度なやわらかさとあたたかさ、ぺしんと頭をはたく感触も優しい。おそるおそる眼を開けると落ち行く陽の逆光線でシルエット。呆れたような低い声と風になびく髪。

「……えあ?」

「えあじゃない」

 しっかりしろ、と今度は頬をつねられた。痛い痛いと暴れるとすぐにやめる。あやすように軽くロイを揺さぶった。

「急ぐのはわかるが、空から落ちてくる必要はない」

「え、や、あの」

 もつれた舌でロイは叫ぶ。

「あ、アシェ!?」

 声が大きいと呟くとそのまま歩き出す。眩しそうに眼を細め、溜め息をついたその人こそ、ロイの想い人。かつ、天頂にあった太陽が沈む時分になるまでロイを待っていた、お茶会のもう一人の主役である。

 ヴァルキラル・アシェ。平行し重なり合う数多の世界を渡り歩き、かの《槍》を模した異世界の刃の持ち主。神すら殺すと伝えられる、特権階級の鬼神。しかし今は、その影をすっかり潜めている。男のような口調と無表情さは相変わらずだったが。

 そんな彼女がロイは好きだった。どこが好きなのか、彼は何度か考えたことがある。誰に対しても対等なところ、無愛想なふりをしているが本当はとても優しいところ、甘いものが大好きなところ、彼女の武器であるナギナタという長い剣を手に、遠くを眺めているところ。思いついたことは確かに全て当てはまるが、同時にロイはどれも違うと思った。どうしてかはわからない。ただ、言葉にした途端どれもが遠いものに感じたのだ。何かの拍子に見せる小さな笑顔も、時折浮かべる悲しそうな表情も、誰か知らない別の誰かのものに思えたのだった。

 アシェが足を止めた。草の上に敷いた布には、彼女が持参したお茶会の用意が広げられている。ぽってりとしたカップが二つ、かたわらに大きなポットがある。それからお菓子が数種類、皿に盛られている。いくつかつまんだ様子があった。ロイの耳が、しゅんとうなだれる。

「何か持ってこようと思ったんだけど……」

 アシェは気にするな、となんでもないように言って布の上に座り込む。空のカップにとぽとぽと紅茶が注がれ、芳しい匂いが湯気と共に広がった。

「ほら」

 あつあつのカップを慎重に受け取り、湯気を吹き飛ばして一口啜る。混じりけなしの葉の味。ちょうど今の空のような、琥珀色のじんわりとおおらかな味だった。

「おいしい」

 続いてクッキーの皿を差し出される。茶色と白の生地を使ったチェス盤に似たもの、ジャムがついたもの、砂糖をまぶしたもの、ナッツを乗せたもの。齧ればほろほろと崩れ、バターと卵の優しい味が広がる。ほんのりと甘く紅茶によく合う。しかし、アシェは納得いかない様子で食べかけのクッキーを睨んでいる。

「バターが足りない」

 ぼそりとそう言う。わざわざ今日のために作ってきたらしい。大好きな人の手作りクッキーと紅茶。もう幸せすぎて気を失いそうだったが、そんなことをしてはもったいないのでぶるぶると頭を振った。しっかりしろ、気を確かに。

「どうした?」

「なななんでもない」

 マーブル模様のカップケーキ、とろりとしたシュークリームに、しっとりと巻かれたロールケーキ、果物がどっさり乗ったさくさくのパイ。今日になってまだ何も食べていないロイは、貪るようにして次々とそれらを平らげた。どれも甘すぎず、優しい口当たりで、どんなに食べても飽きない。なんでもできるイメージはあったが、お菓子作りがこんなに上手だとは思っていなかった。

「これくらいは、誰でもできる」

 空になったカップに紅茶を注ぎながらアシェは言う。それでも、口の端にクリームを付けておいしいおいしいと連呼するロイに上機嫌なようだった。

「はふー食べたー」

 膨らんだ腹を撫でて横になる。しかし隣にアシェがいることを思い出し、慌てて座りなおした。

「いいよ」

 寝ていろ、ということらしい。少し迷ったが、結局ごろりと寝そべった。生成りの布が頬に触れて心地よい。

「それで」

 足を投げ出して座り、空を見上げアシェは言う。

「言うことがあるんだろ?」

 半分閉じかけていた眼がぱちっと開く。心なしか耳も震えたようだった。そりゃあそうだよな、お見通しのはずだ。

「……あのさあ」

 ごくん、と生唾を飲む。あれだけ紅茶を飲んだのに、もう喉がからからだ。アシェは黙ってこちらの言うことを聴いている。

「ええと」

 たった一言、好きだと伝えるために、勇気を出して誘い出した。まさか、いいよと言ってくれると思わなかった。今日だって、日が暮れるまで待っていてくれると思わなかった。とても嬉しかった。彼女を好きになった良かったと、心から思った。

「俺さ、その」

 いつでも一緒にいなくたっていい。辛くて悲しくて一人でいられないとき、自分がそっとそばにいたい。

 けど。

 君は、それを望むだろうか。

 それを訊くのが、怖いから。

「……いや、なんでもない」

 今はただ、こうしていたい。

「そうか」

 風が涼しい。

 夜が、静かに降りてくる。