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世界最終舞踏 RSSフィード

2008-09-03(Wed)R.I.O.T. エピソード

[]プロローグ、あるいは理不尽極まりないオーヴァチュア 15:05

 時間は少し遡る。

 神とはいえ、窮地に立たされればやることは人と同じである。彼ら二つの星神は互いを抹消の対象としているが、しかし今ばかりはそうも言っていられないのだろう。

 トロイネテルス、生存は三柱。ラテセルスに至っては僅か二柱。計五の神が、五の堅き意思に。

「だあああああぁぁぁぁぁぁぁらああああああああああぁぁぁぁぁぁぁあああああああああっっっっっっっ!」

 一挙に、襲いかかる。

 その圧倒的な力と、そして殺意を。

 それぞれの笑顔が迎えた。


 そして、この世界を守護するひとつの存在はいなくなった。

 同時に、この世界を破壊するひとつの存在もいなくなった。

 圧倒的な空洞を抱えた世界はひとつの物語となる。

 壊滅的な静寂を掲げた物語はひとつの現実的な想像を生む。

 その行き先を誰も知らない。




 小高い丘に夕暮れが近づく。黄昏の風がそれぞれの頬を撫でて過ぎていく。

 「あーあ」と最初に声をあげたのは、地平線に沈みゆく光に似た色の髪をした、身の丈ほどもある鎌を携えた少女だった。

「結局このメンツが残るわけぇ?誰か落ちると思ったのになー」

 その無造作な言い草に、長い耳をなびかせた影がどこか言い訳がましく答える。

「仕方がないだろ、あいつら弱いんだもん」

 あははは、と軽やかな笑い声。抜けるように白い髪が揺れる。楽しそうに非対称の瞳を細めて。

「彼らの《音》はちょっと不安定すぎたね。弱いのに強がるから、和音になっても均整がとれない」

 ねえ君そう思わないと歌うような問いかけに、閉じていた黒い眼が開く。

「所詮、七星神とやらもその程度だったということだ」

 悪意を含んだ笑い声がからからと空気を揺らす。

「当たり前だ。奴らは星だぜ?

 昼間に光れるわけないじゃん」

 残るべくして残った五つの意思。死闘の後とは思えない、平穏。

 陽が沈んでいく。死んだ星が地を照らす。夜の帳が降りてくる。

 宴の幕がようやく上がる。



 物語の頁を捲り。

 夢と現の境界が、今揺らぐ。


[]少女は兎の夢を見るか? 22:41

 夕暮れ。地平線へ沈みゆく太陽が草原を黄金色に照らす。その光と同じ色の髪が、黄昏時を踊る風に美しくなびいていた。立つ影は少女。まっすぐな視線を虚空に刺し、じっと黙っていた。

 じっと黙っていた。

 じっと黙っていた。

 じっと黙っていた。

 じっと黙って

「遅おおおおおぉぉぉぉぉぉい!!!!!」

 叫んだ。

 ついでに、手にしていた巨大な鎌をざっくりと地に突き刺す。相当な重量を持つであろうそれは、無造作な動作にも関わらず少女の足を貫くことはなかった。

「何やってんのよあいつ!あたしを待たせるとかどういうつもりなわけぇ!?もう二時間は待ってるんですけどおおおおーっ!!」」

「あーもーうるさいなー」

 長い耳、それに連ねて白毛の兎が草の狭間からひょこっと顔を出した。彼の名はロイ・ディリス。大声で喚いていた、同じ色の瞳をした少女――キキト・エディフスを呆れたような冷めた表情で眺めていた。

「待たせたのは悪かったけどさあ、そこまで騒がなくなっていいだろ」

 彼はもともと時間にルーズなわけではない。むしろ他よりきっちりしているほうだ。その彼がここまで対戦相手を待たせた理由は、その途方に暮れたような表情を見れば自明である。

 彼は、このやかましい少女が大の苦手なのだった。

「はぁ……」

「何よ溜め息なんてついて!そんなにあたしと戦うのがいやだって言うの?」

 仁王立ちするキキトが怒鳴る。兎は顔を顰めて言い返す。

「嫌か嫌じゃないかって言われれば嫌だけどさ」

「なああああああによそれえええええええっ!」

 地面から引き抜かれた鎌が一直線に兎を襲う。

「だからうるさ……おわあああぁぁぁぁああぁぁあああぁぁぁあっっっ!!!!」

 兎の足が空色の光を放つと同時に、その体は弾かれたように宙を舞った。くるりと身軽に一回転したところで、軽やかに着地する。間合いはやや遠い。

「あーっ、もうあったまきた!ここらで挽き肉にしてやるわっ!」

「動物虐待反対!」

 言うが速いか、兎は走り出す。草を薙ぎ倒し疾駆する姿は、戦闘に秀でた者でなければ一迅の風に見えただろう。

 しかし。

「なぁによ、その単純な軌道は!」

 幾柱もの神や紀人の首を狩ってきた、既に鎌という概念を超越した武器。それをまるで羽ペンのように自在に操る少女にとっては、真正面から突っ込んでくる兎など真っ二つにするのはあまりに容易かった。

「おおおおぉぉぉぉぉりゃああああぁぁあああああああ!!!」

 風を切って振るわれた鎌は、あまりの勢いに足元の土まで抉りながら兎の首を刎ねた。

「入った!」

 なおも勢いを止めない刃を軽くいなし少女は足元を見る――そこには、無残に掘り返された土と切り捨てられた草がぐちゃぐちゃと散乱しているだけだった。

「……え。

 ええええ!?」

 慌てふためく少女に、声が降る。

「よおおそおおみいいぃぃぃ、すんなあああああ!!!!」

 魔導言語――《蹴る》概念そのものを埋め込まれた足が、落下による加速を伴って襲い掛かる。防御に掲げる鎌は既に遅く、べしゃ、と情けない音を立てて少女は地面に叩きつけられた。

「ぎにゃっ!」

 兎は少女の顔を踏みつけてもう一跳びし、地面を一回転して再び構えをとった。

「うげ……げふぅ」

 草に埋もれて少女が呻く。頭でもぶつけたか起き上がれないようだ。

「あほー。あんな蹴りマジで食らう馬鹿どこにいるんだ」

 あ、ここにいたか。兎は言い終わってからそう考えた。

「なによぉなんなのよぉたかだか兎のくせしてえぇ」

 半泣きの恨み言だった。しかし全く迫力がない。

「悪かったな兎で」

 うぐぐ、と鎌を杖に少女は立ち上がる。

「あんたぁ、あたしをここまで怒らせといて生きて帰れると思うなよぉ」

「なんだそのザコキャラみたいな発言は」

 退屈そうにぴょんぴょんと跳ねながら突っ込む。

「誰がザコキャラよ誰がっ!」

 乱雑な動作で振るわれた鎌の軌跡には既に兎はいない。いつの間にか、後足だけで刃の背にぶら下がっていた。

「お前だってば」

 渾身の回し蹴りが、べっしぃ、とギャグ漫画のような効果音を立てて決まった。



「あーあ……」

 ぼやきながら兎は、泣きじゃくる少女に一瞥もくれずとことこと歩いていった。草原には、うあーん、と子供じみた泣き声と風の音が聞こえるばかりである。

「そーだ。アシェのやつ、何してるかなー……」

 何とはなしにあの黒い少女を思い浮かべる、その想いの正体をまだ彼は知らない。


 夜が、静かに降りてくる。


 勝者《脱兎》ロイ・ディリス


[]漆黒の歌 22:58

 黄昏の光に天突く刃を煌かせ、夕凪の風に長い黒髪をなびかせ、神殺しの少女ヴァルキラル・アシェは戦場となる草

原へと歩いていた。さくさくと草を踏み、ややゆっくりとした歩調を崩さない彼女の耳に、やがて風に混じって口笛が

聞こえてくる。緑の葉を夕陽に照らす樹の下、左右非対称の瞳を木漏れ日に細めて、幻奏師ソルファ・アポルーンは立

っていた。

 少女はしばし立ち止まった。穏やかな、世界がほんの刹那に垣間見せる風景は、それほどまでに美しかった。無表情

な彼女の口許にかすかな笑みが浮かぶ。

「きみ、今笑った?」

 口笛が止んだ。朝と夜が入れ替わる頃の空、紫とも藍ともつかない色の服に身を包んだ人影が、澄んだ声を上げる。

「もっと笑えばいいのに。きみの笑った顔、すごく素敵だと思うよ」

 甘ったるい科白も浮かずに聞こえる、端麗な顔でソルファは笑いかける。アシェはそれに答えず再び歩を進めた。先

ほどと変わらず、落ち着いた様子である。

 まあ、笑わなくても美人であるほうが貴重だけどね。あくまで軽やかな調子で、樹の幹から背を離す。歩み寄る少女

に応じるように、一、二歩草を踏む。

「無駄口しか叩けないのか、お前は」

 冷え切った罵倒をあはははと笑う声さえも。

「いやだなあ。せっかくここで手合わせできるんだよ?もっと楽しまなきゃ」

 朗々とした声さえも、それはまるで歌――音のようだった。

「私は仕事をしに来ただけだ。それに……」

 忌々しげな表情でアシェは吐き捨てる。

「奴らを始末した時点で、もう終わっていたのに」

「余計な仕事ができた、って?」

 ひゅうと高い口笛が、いやに少女を苛立たせる。普段の彼女にはあり得ない、じりじりと血がざわめく感覚が刃を握

る手に力を込める。

「いいじゃないか、休暇だと思ってさ」

 一緒に遊ぼうじゃないか。そう言って差し出された手に、アシェは遂に限界を迎えた。簡単に言えば、キレた。

「うるさいっ!その口黙らせてくれる!」

 叫んだ少女は、あろうことか――神殺の名を冠する者には決してあってはならないことだが――その長い柄を持つ刃

を構え、疾風の如く間合いへ飛び込んだ。閃いた刃は一寸違わず相手の首を――

「ねえきみ」

 金色の瞳、銀色の瞳。夜より深いアシェの瞳を、静かに捉えた。

「だめだよ、そんな簡単に引っかかっちゃ」

 光速で疾った刃は、寸前でぴたりと停まっていた。いや、アシェの動き全てが、正しく言うならば、停止させられて

いた。

「音遣いの声をまともに聞くなんて、油断しすぎだね。《神殺》の名前に傷がついてしまうよ」

 声も上げられず硬直する少女の灼けるような黒い眼に臆することもなく、ソルファは小さく、飛べ、と呟いた。

「……っ!」

 見えない何かに弾かれ、黒い痩躯が宙を舞う。アシェは体の自由を取り戻したことを瞬時に確かめ、手足を投げ出し

、全身の力を抜いて草の上へ着地する。接地面が大きいほど安全なことはとっくに知れている。それでも決して得物を

手放さないのは、彼女の戦士たる所以だった。土に跳ね返される勢いを使って飛び起きると、再び身構える。

「君をこの先へ進ませるわけにはいかないんだ」

 喩えるなら、その声は水晶だった。澄んだ声が空気の粒を反射して、空へ響く。

「そんなことをするわけにはいかない。そして、きみを殺すこともしたくない。

 ……お願いだ、この戦いは降りてくれ」

 なぜそんなことを言うのか、アシェにはわからなかった。だから、答えた。

「――断る」

 彼女には王の座など関係ない。ただ、眼の前の敵を薙ぎ払う。それだけだった。

 だから。だから、アシェにはそのとき、まだわからなかった。ソルファがなぜ、哀しげな表情をしたのか。

「邪魔をするなら、ここで殺す」

 言い放った言葉は、何かを刺したような感覚さえあった。

 二人の間を、風が一筋、吹き抜けていく。

「……そうか。わかったよ」

 きん、と耳鳴りを感じた。

「だったら、力ずくでも止めて見せよう!」

 声が、意志が。見えない獣となってアシェを襲う。その軌跡を彼女の眼は確かに捉える。透明な、凶暴な牙が痩せた

体を刺し貫く寸前、世界を切り裂く速度で少女は薙ぐ。張り詰めたガラスの割れるそれに似た音が空間を満たす。弾け

飛ぶ。飛び込む空間に再び音の刃。第一撃で大きく横に逸れた刀はまだ戻らない。斬れないのならば、避けるだけだ。

仰け反らせた身体をかすめる。ぱしゅ、と白い頬から紅い飛沫。怯まず少女は走る。斬道に散る無数の波。突き抜ける

。貫く。斬り開く。ついに、彼女の眼がその姿を捉えた。振りかぶった刃を力任せに、振り下ろす!

「……な」

 土煙が晴れていく。ごつごつとした樹の幹に、乱暴に突き刺さった刃。呆然としたアシェの背後で、空間が歪んだ。

力任せに引き抜いた刃を振り返りざま迫る衝撃へと薙ぎ入れる。竜巻に似た音の渦はそこで両断された、はずだった。

まるで刃の軌跡を読んだかのように、渦は弾けて粒と化し、弾丸になって降り注いだ。迷わずアシェは飛ぶ。直撃した

樹の幹に無骨な孔が穿たれる。執拗に付きまとう弾が服を皮膚をかすめ、大した痛みもないのに血まみれになっていく

。その大きさとは裏腹にナイフのように繊細な軌道で弾は刃の露と消え、ほどなく全てが斬り捨てられた。ぺっ、と血

のまじる唾を吐き捨てる。頬から流れ込んだ血は熱く、ひどく甘い。

 二人は距離をとって対峙した。

「まだやるのかい?」

 黒い服はあちこち破れひどい有様のアシェにソルファは眉をひそめる。ソルファの中で、アシェはチェロの旋律に喩

えられていた。深くつややかで、嵐のように激しいメロディは決して彼女の表情に表れない。ただ黒い瞳が強く光るだ

けだ。強い光。黒い瞳。

「うるさい」

 地を這う声。震える空気。見えない牙が、レンズを砕いた。一気にぼやける視界。黒い影が、白い刃が近づいてくる

。ソルファは眼を閉じた。「自分の音階」に「彼女の旋律」を重ねる。刃の閃きも鋭いステップも、呼吸も鼓動さえも

手に取るように感じる。一瞬先が聞こえてくる。一秒後、彼女の立つ場所に、歌う弾丸を。呻き声。新たな出血。殺し

たくはない。君を止めるため。君を諦めさせるため。このちっぽけな歌で、君を守るため。

「アシェ――……!」

 舞い上がる血飛沫。黒く赤い嵐は止まらない。旋律は加速する。クレッシェンド。フォルテシモ。破れそうに震える

鼓膜。見開いた眼に映ったのは黒でも、赤でもなく。

 完全なる和音と真っ白な刃。貫く痛みと、敗北の休符。


 地に伏すソルファの傍らにアシェが屈みこむ。破れた服からむき出しの白い肌が、夕陽と自身の血で真っ赤に染まる

。その中でただ、瞳だけは深く凪いでいる。

 見つめるソルファは、くすり、と笑う。

「しかた、ないな……ほんとに……きみは、さ……」

 しかしその行為に、敵意はない。戸惑うアシェの手に、ソルファは最後の力を振り絞って、あの音叉を握らせる。そ

れはまるで、祈りのように。

「ただの……戦争ごっこじゃ、終わらない、と……君は、もう、感じて、いる……だろう?」

 その手に思いがけない力と熱を感じた瞬間、少女のすべての感覚は音の奔流に塗りつぶされた。

「!」

 地面に倒れかけた体をなんとか支え、ソルファの手を振りほどくことさえ忘れて、アシェは必死に心を澄ます。精神

ごと揺さぶるようなメロディがひとつの意思を持つことに、彼女はすぐに気づいた。音の粒と化したメッセージが、尽

きゆく命に追われるようにすさまじい勢いで流れ込んでくる。やがて極彩の流れは彼女の中でひとつの形を成していく

 それはこの戦いの、本当の意味。何もかもを《聴いてしまった》心持つ音が知る全て。ソルファは運命の行方を、こ

の少女に託したのだ。

「……わかった」

 アシェは、呟いた。偽りのない、銀の刃が虚空を斬る音によく似た声だった。それを聞いた音の化身は、満足そうに

笑う。そして最後の言葉を、彼女に残す。


 ――幸運を、槍神の娘


 弾かれたように顔を上げたアシェに、答えを示す者はもういない。自分の刃と同じ、銀色の音叉だけがその手に残さ

れていた。


 残光の中、アシェは樹の下にソルファの亡骸を埋めた。墓標さえない、無名の墓へ少女は静かに祈りを捧げる。夜明

けの空のような口笛がまだ耳に残っている。やがて眼を開き立ち上がった少女はもう振り返らず、ただまっすぐに草原

を歩き始めた。


 夜が、静かに降りてくる。




 勝者 《神殺》ヴァルキラル・アシェ