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高島津諦のゆらぎの神話関連ペイジです
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2008-05-22

舌の物語(4)

| 18:33 | 舌の物語(4) - 我がとうそう を含むブックマーク はてなブックマーク - 舌の物語(4) - 我がとうそう 舌の物語(4) - 我がとうそう のブックマークコメント

 私は頭がほとんど真っ白になりました。

 自分の妹を、まさか、私が、この手で。

 手足がジンジンとしびれ、風景現実感をなくし、遠ざかっていくようでした。私は呆然として、けれど心の隅っこに、または頭の斜め上に、平然とした私がいて、囁くのです。

 ――あーあ、妹殺しちゃった。どうするの?

 どうしたらいいのか、私には見当がつきませんでした。

 誰かに、例えば両親に、正直に話す。それが正しい事なのは間違いありません。けれど、正しさなんかなんの役に立つのでしょう。この、決定的に間違ったことをしてしまった私にとって。

 気づくと、妹の頭から血が染み出し、石畳に広がっていました。その赤さは絶対に取れないような予感を私に抱かせました。

 ――まだ死んでないかもよ? 確かめないと。

 もう一人の私が囁きます。私はそれに従い、妹を揺さぶりました。ぐったりとして反応はありません。ドラマの見よう見まねで手首を握り、脈を調べてみました。動きのない生温さだけが伝わってきました。

 ――やっぱ死んじゃった。何とかしないと。早く早く。

 もう一人の私が言います。早く早く。その言葉だけが頭の中で響き渡ります。早く早く。早く早く。早く、何をすればいいのかは全く分かりません。妹を隠すにも場所は浮かびません。事故死を装うにもどうすればいいのか分かりません。早く早く。私には無理だけど早く早く、誰か、こんな理不尽なことから、早く助けて、お願いします、何でもします、助けてください。

 いつしか、私は何かに祈るように手を重ね合わせていました。そしてふと、いきゅうさんの像が、平坦で遠い背景から浮かび上がるように存在感を増して見えました。私が折ったせいで首から先のなくなったいきゅうさん。その断面は、うねうねとまるでねじれたようになっていました。すがるものはこれしかない。その時の私にはそう思われました。

 私は、いきゅうさんの前にひざまずきました。手を合わせ、頭を垂れ、「いきゅうさんいきゅうさん舐めとってつかせ」と唱えました。何度も何度も、一心不乱に。「いきゅうさんいきゅうさん舐めとってつかせ」「いきゅうさんいきゅうさん舐めとってつかせ」「いきゅうさんいきゅうさん舐めとってつかせ」

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舌の物語(5)

| 19:52 | 舌の物語(5) - 我がとうそう を含むブックマーク はてなブックマーク - 舌の物語(5) - 我がとうそう 舌の物語(5) - 我がとうそう のブックマークコメント

 ……どれだけ時間が経ったでしょう。私は誰にも見咎められず、いきゅうさんに祈り続けていました。辺りはとうに暗くなっていました。

 変わったことは何一つ起きませんでした。妹の死体は首の折れたいきゅうさんの隣に相変わらず倒れ、その頭部からは血が赤黒く流れていました。

 それでも私はいきゅうさんへの祈りを唱え続けていました。それは現実からの逃げでもあったのでしょう。何の解決にもならなそうだということが薄々分かってきていても、その考えを頭から締め出すように祈り続けました。

 と、その時です。

「あんた!」

 背後から声がかけられました。母の声でした。

「こんなとこで何しとんの! 何時だと思っとんのよ!」

 私は息を呑みました。後ろを振り返ることもできず、体を硬くしてひざまづいたままでいました。

「返事くらいせんか!」

 声とともに、強い力で肩をつかまれました。振り向かされるとそこには怒った顔の母がいました。私はその表情がすぐに驚きに変わり、それが私の普通の生活の最後なのだろう、と思っていました。

「こんな時間まで何しとんの! もう誰もいないでない!」

 辺りを見回した母の顔が強張りました。その視線はいきゅうさんと、妹の転がっている方へと向けられていました。

 ――はい、おしまいー。もう終わりだね。人生終わり終わり。

 祈っている最中は消えていたもう一人の私が現れ、さばさばとした口調で呟きました。

「あんた……あんたがやったんか?」

 私は小さく頷きました。母は硬い表情で口を閉ざし、動揺していることが分かりました。

 そして、

「まず、うちへ帰るよ」

 それだけを言うと、私を引っ張るようにして、家へと向かいました。首の折れたいきゅうさんと、妹の死体を残して。

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