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高島津諦のゆらぎの神話関連ペイジです
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2008-05-13

舌の物語(3)

| 18:39 | 舌の物語(3) - 我がとうそう を含むブックマーク はてなブックマーク - 舌の物語(3) - 我がとうそう 舌の物語(3) - 我がとうそう のブックマークコメント

 ここだけの話です。

 実は、いきゅうさんの首を折ったのは、私なんです。


 私が子供だったころ、秋の日のことです。子供の私たちにとって、いきゅうさんのいる神社はよく行く遊び場でした。その日も、私たちは神社で遊んでいました。近所の友人たちと、私と、私の妹と。

 夢中になって遊んでいると、あっという間に日が色づき始めました。友人たちは日が沈む前に帰りました。いつもならもう少し遊んでいるのですが、その日は宿題が多く出ていたのです。私も早く帰りたかったのですが、妹がそれを嫌がり、結局最後に私と妹の二人が残ってしまいました。

 3歳年下の妹はとても甘えん坊でした。私よりも可愛かったためか、両親や祖父母や友達から甘やかされて育ったのです。甘えん坊というより、ワガママと言った方が良いかも知れません。あの子が38日目にいきゅうさんにお参りしたのを覚えていますけど、その効き目はなかったみたいです。

 その日も妹は駄々をこねていました。理由を聞いてみれば、どうやら妹の学級でも宿題が出たらしく、帰ってそれをやるのが嫌らしいのです。だからと言って帰るのを遅くすればその分後で大変になるというのに、妹は目の前の嫌なことを先延ばしにすることしか考えないのです。

「あのね! そんなこと言ったってやらなきゃないんだよ! それなら早く帰ってゆっくりやった方がいいでしょ?」

 私がそう言うと、妹は眉間にしわを寄せて口をへの字にし、「ヤダ!」と言いました。

「ヤダって、どうするの。先生に怒られるじゃない」

 すると妹は、うーうーうなった後、ヤケになったように「お姉ちゃんがやって!」と言ってきたのです。

 宿題は自分でやってこそ……なんて思うほど私はマジメではありませんでした。けれど、私だって宿題が多くていっぱいいっぱいでした。それなのに、どうして妹の分までしなければいけないのでしょう。もちろん私は断りました。

「じゃあ帰らないもん!」

 妹は意地になったように、そしてわずかに勝ち誇ったように言いました。

 妹をちゃんと無事で連れ帰ることは、家族から私に課せられた重大な使命でした。ケガをさせたりしたらもちろん、外に放ったまま帰ったら私が怒られるのです。妹はそれを知っていて、私を脅迫してきたのでした。幼さと狡猾さは両立するのです。そしていったん狡猾さを覚えたなら、自制を知らない心はひたすらに自分の主張を言い募るのです。

 私は妹をなだめたりすかしたりしましたが、彼女は全く聞き入れず、「宿題やってくれなきゃ帰んない」と繰り返しました。そして、ついに、妹は言ったのです。あざ笑うように口を歪めて。

「だってお姉ちゃん、お父さんにもお母さんにもみんなにも嫌われてるじゃん!」

 胸が軋みました。

 実際には、そんなことはありませんでした。妹のように甘やかされてはいませんでしたが、十分に愛情を受けていました。良い友人もいました。今思い返せば、はっきり言えます。妹の言葉事実無根です。

 しかし、その時の私は。自分でも、少し、そう思っていたのです。

 自分は嫌われているんじゃないか。生まれてしまったから仕方なく人並みに扱われているけれど、本当は嫌がられているんじゃないか。妹だけいれば良いと思われいるんじゃないか。その考えは、ふとした時に貪欲な鼠のように胸の中を駆け回っては、心を噛み千切っていくのでした。

 妹の言葉に、胸の中の鼠が暴れだしました。私はそれが苦しくて、痛くて、気付くと、妹のことを突き飛ばしていました。

 突き飛ばされた妹は後ろに倒れ、いきゅうさんの頭にぶつかり、いきゅうさんの首が折れ、いきゅうさんの首が地面に落ち、いきゅうさんの首は大きな音を立てて砕けました。

 妹は、音を立てず地面に倒れていました。その首が斜めにねじ曲がっていました。

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