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高島津諦のゆらぎの神話関連ペイジです
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2007-03-12

とある汚れた写本の解読

| 22:45 | とある汚れた写本の解読 - 我がとうそう を含むブックマーク はてなブックマーク - とある汚れた写本の解読 - 我がとうそう とある汚れた写本の解読 - 我がとうそう のブックマークコメント

相対引用フリッカー - ある独白よりの写本

 ボク達にとって人間は架空の存在だったが、双子にとってはバベルを含む全てが架空の存在だった。
 自分自身も、それが傷つけられる事も、死ぬ事も、全ては夢に過ぎないのだと。
 それは並のバベルでは、耐えられない認識かもしれない。

 少なくとも、自我危機は避けえない。

 双子は、それを感覚の増築で補った。
 彼女は全く無意味な構造を関連付け、肉体的に感覚可能なテクスチャを被せる。
 平たく言えば感覚に浸りきる。ちょうど、ボクが見たそれのように。
 もちろん完全な錯覚だ。
 全てを実存と感じる神経と、色鮮やかさのみを肯定する。
 少なくとも大半は、架空である現実よりもずっと。

 だがボクの考えでは、更に付け加えるべきものがある。

 ボクは自分の情報レイヤを、全くの別物に改造する。
 肉体と錯覚により幸福になるならば、同じ原因により不幸になる事もあるかもしれない。
 アイオーンによる長い寿命は、何かの間違いで不幸になったボクを生き延びさせてしまう。
 すぐ死ぬように、しかしそれ以上に早く増殖するように。
 ボクはボクを人類に似て、塵を核にしてかたちづくる。
 全てのボクは同じく狂っていて、同じように正常である。

 ボクのうち誰がどれだけ死んでも、狂っても、不幸になっても、ボクという全体は決して途絶えない。
 蹂躙される事により君臨する。
 食物連鎖の最下位に位置し、脆弱であるが故に完全であり、絶望する事により栄福する。


 つまり、野犬の王だ。

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