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高島津諦のゆらぎの神話関連ペイジです
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2006-12-10

マヨヒ

| 05:02 | マヨヒ - 我がとうそう を含むブックマーク はてなブックマーク - マヨヒ - 我がとうそう マヨヒ - 我がとうそう のブックマークコメント

始める前に

魔王14歳の幸福な電波 - フリーシェアワールドは矛盾した設定を許容する

ゆらぎの神話 ポータル - フリーシェアワールド・エクスプローラ - FSW企画をまとめてみます。

 id:Erlkonigさんが≪フリーシェアワールド≫(以下FSW)について書いてますので、読んでいなくてFSWに興味のある方はまず上の記事をどうぞ。


この記事は言い訳なのです

 さて、前回からしばらく放置してしまいましたFSW。トラックバック沢山撃ったらトラックバック沢山もらえて嬉しいです。

 しかし残念ながらこの記事は、ぶっちゃけ何言ったら良いか分からなくなっちゃったよと報告する記事です。


本論

 そも、私が何でFSW論に手を出したかと言いますと、FSWに対する懸念の解消が目的でした。

 主に伺か界隈で、

『FSWって何されるか分からないし問題が起きそうだしめんどくさそう』

みたいな言説が見られましたので、

『そんなことないよー、全然気楽だよー、みんなやろうよー』

ということを主張したかったのです。 FSW宣言する人が増えれば、それだけ遊び場が増えて楽しめますから。

 そこで、前回私がFSW定義として書いたようなことを説明すれば、何かされても気にしなくていいのか安心安心、と感じてもらえるだろう、と思ってました。

 ところがばってん、乏しい説明ながらちゃんと理解していただけたようなのに、依然として完全FSWへの懸念はあるみたいです。

 それは果たして何故かしらと考えました。結果、恐らく元々の懸念は、正式設定になるとか、本家を侵食されるとかそういうことではなく、そもそも『大本からかけ離れた何かを作ることの評価』が違うのだ、と思い至りました。やっと。

 例えば梳野さんはこう書かれています。

梳野の日記Substream - FSWと言う事


話戻って、個人作品がFSW宣言された場合の齟齬はもう少し話が難しくなるのでは無いかと。

具体的に言えば、「発表済み作品のキャラクターの、時系列的に未公開な部分」、平たく言えば未来や過去と言う訳ですが。

そういう部分は、まぁ「お約束」として手を出さないのが普通ですが、

その辺を理解出来ないキチ●●とかたまに居るのが世の中な訳で。


こうやってぐちゃぐちゃ考えてると、FSW宣言とは「最初からそれを想定して作られた作品」、言い方を変えれば

「多人数が参加する事が前提の作品」で無いと原典通りの適用は難しいような気もしてきます。

個々人の中にある「愛着」という名の壁の高さ次第ですが、

時流に乗ろうとして無理に「限定的にFreeShareWorldとします」とするくらいなら

其処から造語作って「LimitedShareWorld宣言します。気になる人は御一報を」くらいで良い気もしますが……

 また、高樹ひろむさん*1はこう書かれています。

ドジっ子Watcher フリーシェアワールド - 完全自由は行き過ぎでは?


 そこで私は逆提案したい。フリーシェアワールドという言葉の意味はあくまで参加が自由であるということに留めるべきであり、世界観の矛盾を許容するという意味まで入れるべきではないのではないかと思う。やはりシェアワールドというのは1つの作品群というか世界観であり、そのイメージを壊すべきではないと思うから。


 お二人は、完全FSWやろうぜ自由でいいぜ無茶苦茶できるぜ、というのを是とする私とは、価値観が多少異なります。

 梳野さんの言う「お約束」を取っ払い、むしろその既存の枠を逆手にとって色々したい、しているのを見たい、と私は感じます。作品に対する愛着は、統制や秩序化といった方面へは基本的に作用せず、混沌を推奨すらして、拡大と伝播を望みます。

 個人製作物であっても、そう考える人はきっといるでしょう。また、積極的に内容の変異や混沌化を推奨とまではいかずとも、した所で気にしない、という人だって、FSW宣言するのに支障は無いと感じます。これはd:id:Erlkonigさんのフリーシェアワールド提唱記事でも、触れられていますね。



 高樹ひろむさんは『シェアワールドの共通イメージを壊すべきではない』としています。しかし私は、本来壊してはならなかったそれらを壊し、壊し、その残骸すべてを含む大きな共通イメージが生まれ、それもまた壊し壊し壊し壊し更に大きな何かが生まれ、そのうちに最初とは似ても似つかぬ、けれど初期の名残が所々に残る全く新しい物が生まれてくる、というのが良いと思うのです。

 他にも、FSWの原作破壊を懸念する人の中には、お二人と同じような考え方をする人もいらっしゃるでしょう。それと私の価値観、嗜好は一緒ではありません。

 あ、念の為ですが、価値観の相違は協力できないことを示しませんし、まして優劣を導いたりもしません。優劣は価値観の中で決まるのに、価値観同士の優劣を決めようとしてどうするんだ、という*2


 価値観の違いは、d:id:crow_henmiさんの書かれた■[ゲーム]妙に面倒なフリーシェアワールド語りなどを読まれると良く見えるかなあと思います。


価値観差を埋めるべきかしらん

 完全FSWの利点欠点を分かってもらった上で、魅力を感じないよ、という人にFSW宣言をしてもらうわけにはいきません。では、ある程度分かった上で、いわば限定FSW宣言をしようという人は?

 前回は、『FSWコワクナイヨー』と言うのに加えて、というかその前提として、『FSWと言えば完全FSWよー、だから無視OKよー平気よー』と言う内容も込めていました。カオスに多少の抵抗がある人にも、オールフリーこそが一番だよ、というこちらの価値観に近付いてもらおうとしていたのです。完全、限定、という言葉の使い方からもそれが分かります。



 なぜFSWといえばオールフリーという意識を広めたかったかと言うと、私とみさきさんの例みたいに、『こういうつもりのFSW』と『そういうつもりのFSW』間の認識差によるイザコザを無くしたかったからです。その為には、言葉の定義の一本化が必要になるでしょう。この目的だと、私のFSWはこういうつもり、と定義するだけじゃなく、出来る限りその定義を人類全員に広めなければいけません。そして、その定義に反する物はFSWと呼ぶべきではない、という姿勢をある程度見せなければならないと思います。以前『FSWとFSWもどきがごっちゃになっていて問題だ』という意見がありましたが、まさにその通りです。

 しかし、曖昧にしておくことで『何となくFSW宣言しちゃえー』みたいな人が増えるのも、FSWの輪が広がる為に有効では、という考えも浮かびます。FSWの認識差の問題は、これも私の例みたいに、当事者で埋めてくれるはずです。実際にFSW宣言する人が増えて、それに比べて生まれる諍いが少数であれば、めんどくさそう、という印象は薄れ、FSW参加者が増えることが期待できます。むしろ、変に定義がどうこう、これ以外は認めん、などという話をして限定主義っぽくなるほうが、めんどくさそうな印象を与えて敬遠されるかもしれません。


 一体どっちに向かうべきなのでしょう。


ということでした

 なんてそんなことを考えていましたら、これからどうしたらいいか、言うべきことが見当たらなくなったのでした。こういう、どうすれば興味を持ってもらえるか、みたいな政治的駆引きってさっぱりなんですよね……。

 一体どうしたらFSWが発展するのでしょう? 俺たちのFSWはまだ始まったばかりだ! 協力求む!

 えーと、ひとまずFSW企画まとめに自分の立ち位置を報告したりしてみてください。


言及漏れTB

 こんな場所になっちゃいましたけど、yuさんのTBについて。

Stealth9 die Resurrektion-また雨かっ


後付の正式化でも「拒否権」を設定すれば回避は可能になる。だろうけどもこれは諸刃の剣だね。拒否権を設定すると、端から共有などする気が無くても「FSW宣言」が可能になる。拒否してれば良いだけの事だから。

 『拒否権』ではなく『無視権』の方が、私のFSWのイメージに近いかも。まあ、呼び方はどうでも良いですが*3

 諸刃の剣、というのがよく分かりませんでした。恐らく、原作者がFSW宣言しながら、他の人の作品を無視して自分の作品を作り続けている、という状況だと思いますが……いくらでも無視したいのならすれば良いと思います。別に原作者に無視されたからといって、その無視された作品が万人にとってなかったことになるわけではありませんし。

 『自分は人が作った物を取り込む気はないけど、私の作った物を何かに利用したい人がいればどうぞ』というスタンスのFSW宣言は、十二分に好ましいものだと私は思います。

*1:現在オープン・シェア・ワールドという概念を立ち上げられてます。http://www23.atwiki.jp/shareworld/

*2:価値観の上下を決めたがる価値観の人を貶めている、と反論されそうですしが、余談なのでまたいつか

*3:じゃあ言うな

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