脚のないはてなガラス(BoB flicker side) このページをアンテナに追加

2007-12-24

[][][]クリスマスのクラニス クリスマスのクラニス - 脚のないはてなガラス(BoB flicker side) を含むブックマーク はてなブックマーク - クリスマスのクラニス - 脚のないはてなガラス(BoB flicker side) クリスマスのクラニス - 脚のないはてなガラス(BoB flicker side) のブックマークコメント

/1

雪が降る道をどこへともなくふらふら歩く。きらびやかなイルミネーションもどことなくよそよそしく感じられるのは、また今年もひとりだからだろうか。ポケットに入れたケータイの、着信数は0件で、あいつからのメールも届かない。せっかくのホワイトクリスマスも、あたしにとってはただ寒いだけ。溜息をつくと、白い吐息が暗い空へと上がっていった。

あたしがこんなに寂しいのは、ここがあたしの居るべき場所でないからなのだろう。物心ついたときから、あたしは自分がそうしたものだと知っていた。クラニス。あたしの本当の名前。どこか遠く、ここでない場所に居る71人の不思議な姉妹のひとり。それは胸の中で固い確信になっていて、そうしたものだと当然のように受け入れているのに、誰もそれを信じてくれない。語るたびに人に笑われ、気味悪がれ、遠ざけられて、いつのまにかひとりぼっちになることを繰り返した。だからあたしは、誰にもそれを語らなくなった。ひとりぼっちでいることは、自分を偽るよりつらいことだから。

そうしてからは友達もできた。自分を偽り隠して、上辺だけを取り繕えば、案外どうにかなるものだ。だけどそんなのが本当の友達といえるのだろうか。あたしはそんな疑問を押し殺して、無理に笑ってごまかしてきた。そうしていると彼氏もできた。あいつはがさつで鈍感だけど優しい奴で、あたしにとってはかけがえのない存在だった。だからうっかり秘密を漏らした。あたしはクラニスキュトスの71姉妹のひとり。いつかどこかにいるほかの姉妹たちが、あたしを迎えにくるんだと。

あいつは怪訝そうな顔をして、あたしの話を呑み込んだ。そして云った。「俺には良くわからない」と。それからあいつはよそよそしくなった。廊下で会っても目をそらすし、ケータイにもメールしてくれなくなった。

ああ。あいつにもわからないんだ。そうなんだ。うっかりしてた。これは誰にもわからないこと。あたしだけの真実で、よそから見れば多分妄想。夢と現の狭間のエアポケットにあたしはいて、そこから出ることは叶わないんだ。そう思うと、なんだかとても泣きたくなって、あたしは顔をうつむけた。

「どうしたの、そんな悲しい顔をして」

突然声を掛けられて、あたしは驚き振り向いた。そこにいたのは、髪を赤く染めたあたしと同じ年頃の男の子。きれいな顔に微笑を浮かべて、楽しそうに語りかけてくる。

「こんなところでぼうっとしてたら風邪引いちゃうよ。どうせならぼくとお茶でもしない?」

これがナンパというものなのかな。初めての経験にあたしは戸惑う。でも、その男の子が何故か他人でない気がして、あたしはおずおずと頷いた。

/2

暖色の明かりに包まれた喫茶店。店の真ん中には大きなクリスマスツリー、壁際に掛かるクリスマスリース。あたしと男の子はふたりして窓際のボックス席に。周りの席は男女のカップルばかりで、あたしたちも周りからはそう見えるんだろう。

ショートケーキとコーヒーを注文して、一息ついたところで、男の子が云った。

「クリスマスの本来の意味を知ってるかい?」

「そんなの知ってる。イエス・キリストの聖誕祭でしょ」

そう応えたら、男の子はくすくす笑った。

「それはね、キリスト教がヨーロッパに広がってからのことさ。それより前から、この季節にはかならずお祭りをすることになってたんだ」

「へえ。それは知らなかった。どうしてなの?」

「この季節は1年で1番日が短くなる頃だろ? ちょうど昨日は冬至だったよね?」

そういわれればそうだった。あたしは頷く。

「昔の人々は日の長さで1年を決めてたんだ。だから、冬至の季節には1年の過ぎ越しの祭りをしたのさ。今年は1年頑張ったって自分をほめてあげて、新しい1年はいい年になりますようにって、願いを込めてね」

「へぇ、そうなんだ――」

と、納得してから、ふと気持ちが暗く沈む。クリスマスが過ぎ越しの祭りなら、あたしの今年は本当に最悪の終わりだった。そして多分、次の年も同じように始まって、同じように終わるのだろう。例えそうでないとしても、あたしは自分をごまかし続けて、張り付いた笑顔の下で少しずつ磨耗していくのだろう。あたしがクラニスであることを止めない限り。姉さんたちが迎えに来ない限り。そして――そんなときは、きっと、最後まで来ない。

「どうしたの? 泣いてるの?」

少年が怪訝そうに聞いた。あたしははっとして顔を上げた。気がついたら頬を涙が伝っていた。あたしは恥ずかしさの余り小さくなる。どうしよう、いきなり泣き出したりして、変な子だと思われなかっただろうか。きっと思われたに違いない。あたしはどうしていつもこうなんだろう。そんなことを思ってまた泣きたくなるのを我慢する。

「悲しいことがあったんだね。話してごらんよ。過ぎた年のことはここで落とすのが慣わしなんだから」

男の子がそういうと、あたしの中で何かが切れた。涙がぽろぽろこぼれてきて、堰を切ったように止まらなくなる。泣きじゃくりながらあたしは話した。クラニスのこと。臆病で嘘つきなあたしのこと。そしてあいつのこと。初対面の、何も知らない相手に、あたしはまるで昔からの知り合いであるかのように、一切合財話してしまった。

あたしの話を聞き終えると、男の子は云った。

「大丈夫だよ。彼は君のことを嫌ってなんかいない。ただ少し戸惑っているだけさ。だから気にしなくていい」

「本当に? あたし、こんな変な子なのに。頭がおかしい子なのに」

すると男の子は真顔になった。

「君は別におかしいわけじゃない。それはぼくが保証するよ」

あたしは頭を振って大声を上げる。

「そんなこといって! どうせあたしの話にあわせてるだけなんでしょ?」

男の子はあたしの目を見つめ、静かに云う。

「違う。自分の名前にかけて誓う。その証拠に、きみしか知らないはずのことを云ってあげよう」

そして彼はあたしの耳元でささやいた。あたしの姉妹の長姉の名を。

「うそ――なんでそれを知ってるの。誰にも話したことなんてないのに」

呆然とするあたし。彼は一体何者なんだろう。どうしてそんなことを知っているのだろう。

「だから云ったろう。ぼくは真実を話している。君はクラニスキュトスの姉妹の66番。それに一切の間違いはない――間違っているのは世界と、そして、たぶん、ぼくだ」

男の子は告げる。さっきまでと全く違った、厳粛で、そしてどこか後悔しているような感じで。

「あなたは、いったい、誰?」

恐れと戸惑いを感じながら、かろうじて喉から搾り出した問いに。

「ぼくはアルセス。きみたちがそうなる原因を作った、張本人さ」

苦い笑いを浮かべて彼は応えた。そして言葉を続ける。

「ここは本来の君の場所じゃない。そして、誰も君を本来の場所に戻すことはできない――車輪の女王、ヘリステラの力をもってしても、この辺土に訪れて、君に手を差し伸べることは無理だろう」

あたしは叫ぶ。

「なら貴方が連れてって! ここに来られるなら、連れて行くのもできるでしょう!!」

もういやだ。誰にも信じられずにひとりでいるのも、取り繕った嘘を吐き続けるのも、真実を語って遠ざけられるのも、全部、全部! だけど男の子はかぶりを振った。

「残念だがぼくにも無理だ。ここに出入りできるのは、ぼくの力ではひとりが限界なんだ」

「そんな――」

あたしは高い場所から突き落とされたような気がした。全てが失われていく虚無感に、うつむいて縮こまって耐えるしかない。そんなあたしを、男の子は哀れむような目で見ていた、ような気がする。

ややあって、男の子はいった。

「だけど――最初に云ったように、きみはひとりじゃない。きみには――彼がいるだろう?」

その途端、ここ数日鳴らなかったケータイが、明るいクリスマスソングを奏でた。

/3

『ごめんよ。俺、あの時どう応えていいか判らなかったんだ』

ケータイから聞こえるのはあいつの声。がさつで鈍感で、だけど優しいあいつが、不器用にあたしに話しかけてくる。

『でも――俺はずっと考えてて思ったんだ。おまえがなんであっても、おまえはおまえだ。だったら――おまえが何だって、俺は構わないよな?』

あたしは黙ってその声を聞いている。

『だからさ。せっかくのクリスマスなんだし、云うよ――』

そこであいつは言葉を区切り、

『俺は、おまえが好きだ。おまえがなんであろうと、好きなんだ』

そう、はっきりと云ってくれた。

「――ありがとう」

あたしの声はか細くて、とても嬉しそうには聞こえなかったかもしれない。だけど。本当に本当にうれしくて、あたしは涙をこぼしてしまった。

『おい、大丈夫かよ。泣くなよ。俺がついてやるからさ。おまえ、今どこに居るんだ? 今すぐそこに行くよ』

「ありがとう――ありがとう――」

あたしはそう繰り返す。それしか応えを知らなくて。それしか声にならなくて。涙がぽたぽたこぼれるたびに、あたしの胸にわだかまっていた苦しみが解けて外へと解放されていくような気がした。

そんなあたしの背に、男の子が声を掛けた。

「メリークリスマス、クラニス

振り返るとすでに男の子の姿は消えていた。だけど、あたしは応えた。

「メリークリスマス、アルセス

あたしはもう迷わない。だって、あたしはもうひとりぼっちじゃない。あたしはクラニスキュトスの姉妹の66番目。そして、この世界で生きていく、ひとりの人間。それを彼は教えてくれたのだから。