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2008-06-15【再生者】の扱いについて このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

さて、【再生者】というのはゆらぎ世界では扱いが二分されるようです。

一つは忌み嫌われて人間世界で生きていけなくなる……所謂怪物の原型とされるようです。

もう一つは「神の奇跡」として扱われる。それが幸せかは知りませんが、救いのあるパターンです。

おそらく「死」に対する観念は国や地方、宗教によって違いますからこのようなことが起きたのだと思います。

さて、以前頭だけ書いた小説の続きです。

2.死者徘徊(1)

 『掃除屋』の賀茂 亮介の表の仕事は、冗談としてはうかないことに小さなハウスクリーニングの会社の社長だった。

 本人の言葉によれば、それは結構儲かる仕事らしく、そのうち裏の『掃除屋』を辞めてこちらの『掃除屋』で食っていくことを真剣に考えているとのことだったが、その言葉を聞いて数年以上経過している今でも、彼が裏の『掃除屋』から足を洗ったという話は聞いたことが無い。

 その日は、仕事で従業員が全員出払っているためか、元は花屋が入っていたという事務所代わりのテナントには彼が一人居るだけだった。彼は、店内に私が入ってきたのに気付いて、私を客と勘違いしたのか、愛想の良い顔で立ち上がった。

「いらっしゃい、清掃のお仕事の依頼でしょう……」

 そこまで言って、彼は大きく目を見開き、口を半開きにしたまま後ずさった。

 事実を知るにはそれだけで十分だった。やはり、私は死んで『掃除』されたらしい。

「馬鹿な……馬鹿な!、あんたは確かに俺が……」

「酸で溶かして死体は始末したはずだ、だろう」私は、彼の台詞を先取りして言った。「新人の時に、どうやって死体を処理するのか見せてもらったことがあるからな。最初に見たときは昼飯をぶちまけて、兄貴から怒られたもんだ」

 俺はカウンターを越えて、彼の前に立った。

 彼は慌てて後ずさったが、そんな彼を俺はわざと壁際まで追い詰める。肩で息をする彼の顔は真っ青で、文字通り幽霊でもみたような顔をしていた。

「そんなに驚くな。死んで蘇っただけだ」

 私は上着のポケットから煙草を取り出して火をつけながら言った。

「嘘だ。だって、あんたは確かに俺が『掃除』したはずだ!」

「100万回石を空に放り投げれば、一回ぐらいは地面に落ちてこない石があるかもしれないだろう。つまりはそういうことだ。なぜ、とか、どうして、なんていうのは学者先生にでも究明してもらえば良い」

 そう言ってから、私は煙草の煙を、冷や汗で前髪が額にへばりついている彼の顔に吐き出した。

「……これで私も事実を認めざるを得ないことが分かった」

 私は、そう言って彼の襟を掴み、半ば無理矢理椅子に座らせる。彼は、まるで無抵抗な人形のようだった。

「まぁ、落ち着いてくれ。少なくとも私がお前をどうこうしようという気は無い。ただ、一つだけ、聞きたいことがあるんだ」

「き、聞きたいこと……ですか?」

 俯きながら彼は答えた。まるで私の顔を見ると、呪われでもしてしまうと言わんばかりの態度だった。

「そうだ。お前、私の死体以外に女の子の死体も処分したか?」

「女の子……ですか」

「あぁ、年の頃14歳が15歳ぐらいの女の子だ」

 彼は暫く黙った後、静かに首を横に振った。

「本当か?」

 私が詰問するように言うと、「本当です、本当にやってません。最近『掃除』を依頼された死体の中にそんな死体はありませんでした」と慌てたような口調で彼は答えた。どうやら嘘ではないらしい。

「そうか。それなら良い。用事はこれだけだ、邪魔したな」

 彼は私の言葉に答えず、椅子に座ったまま自分の体を抱きしめるようにして震えていた。それはまるで、自分が目にした事実を必死になって夢が幻だと信じ込もうとしているようだった。

「そうそう、一つだけ謝っておく。この事務所、禁煙だったな」

 私はそう言って、咥えていた煙草を床に捨て、靴でもみ潰した。

 たった、それだけの動作だったが、彼は驚いたように体を竦めた。

「今日のことは、悪い白昼夢でも見たと思って忘れるんだな。お前が黙っている限り、私がお前の前に現れることは二度とない」

 返事は無かったが、そんなものはもう必要が無かった。

 少なくとも、あの少年の言っていた、私は死んだという事が事実だと分かったのだし、そして……あの娘、梅谷 舞花は、少なくともまだ死んではいないのだから……。

 

 

 「それで、君はどこまで知っているんだい」

 あの日、アパートの入り口で蹲っていた少女を自分の室内に招き入れた後で、私は彼女に聞いた。

「お父さんがこの街を牛耳る暴力団の先代組長の息子、貴方達の言う『御曹司』で、まだ現役だったときに貴方がお父さんの部下だったことは知っているわ」

「……お父さんから聞いたのかい?」

 思わず眉をしかめた私に、少女は首を横に振った。

「お父さんについては、お婆ちゃんが死ぬ前に教えてくれたわ」

 ……姐さんが

 先代が死んで若頭と組長の御曹司のどちらが組の跡目を継ぐかで組が二分した時、候補者から自ら降りたのは彼女の父親である御曹司だった。自分の懐刀、つまり私の兄貴分が轢き逃げという不審な死を遂げたのを見て自分の身可愛さに尻込みしたのだ、というのが幹部衆の見解だったが、私はそうではないことを知っていた。このまま対立を続けて身内の犠牲者が増えることに耐えられるほど、あの人は冷酷ではなかった……言葉を変えれば優しすぎたのだ。だが彼の母親にはそのことも、その後この稼業から彼が足を洗ってしまったことも我慢が出来なかったのだろう。だから、この娘に全てを喋った、という所に違いない。

「あなたについてはお父さんが、よく話していた。生きるのに不器用な男だって」

 ……まぁ、その通りだ

 つくづく人を見る目に狂いの無い人だ、と私は思ったが、それは私を見ている全ての人が思っていることなのかもしれなかった。

「それで、どうしてその『不器用な人』に器用さを要求するお願いをしに来たんだ?」

「あなたが……『始末者』としては腕に間違いの無い人だと聞いたからよ」

 私は自分の顔が強張ったことに自分でも気付いた。「それも姐さんが話してくれたのか?」と聞く声も太くて低いものに変わっているのが自分でも分かった。

「半分はそう、でももう半分はお父さんからよ」

 それは意外な回答だった。『始末者』というのは、組の中でも組長や上級幹部といったごく一部の人間だけが知る存在で、その仕事は所謂『殺し屋(ヒットマン)』だ。だが、『鉄砲玉』と違い、我々の仕事は物事を『闇から闇へと葬り去る』ことで、攻撃対象の死体を残すのが『鉄砲玉』なら攻撃対象を死体も残さず『行方不明者』にしてしまうのが『始末者』だった。そして、『御曹司』は一時、その『始末者』を束ねるという、いわば組織の上層部としては汚れ役を引き受けていた。姐さんが『御曹司』に極道として生きることを踏み切らせるためにそうしたのだ、というのが専らの評判だったが、結果として彼が跡目争いから降りたのは、多分、その時の経験で極道の何たるかを知ってしまったからだと思う。その彼が『始末者』について、例え相手が自分の子供だからと言って、喋ってしまったというのは考えづらいことだった。

「正確には、お父さんの言葉から推測したの、あなたが腕の良い『始末者』だってね」

「……お父さんは何を言ったんだい?」

「何かあったら、あなたを頼れって。きっとお姉ちゃんと私を助けてくれるって。だから全ての情報から考えて、あなたは『始末屋』、それも腕の良い『始末屋』でお父さんに恩がある、そう考えたの」

「鋭い勘だね、お嬢さん」私は、煙草に火をつけながら言った。「聡明な所はお父さんに似たようだね。だが、残念だが私では力になれないよ」

「……どうして?」

 私は咥え煙草のまま立ち上がり、お茶を入れる為に急須と湯飲み茶碗を取ろうとした。だが、私は手は湯のみ茶碗を取りそこね、湯飲み茶碗は床に落ちて粉々に割れた。

「つまりは、こういうことだよ。任務の最中に私は目を怪我してしまってね、たまにこのように殆ど物が見えなくなるんだよ。医者、と言っても闇医者だがね、彼の話ではそのうち何も見えなくなるそうだ」

「……」

 私は、視界が元に戻るのを待ち、箒と塵取りで砕けた湯飲みの残骸をかき集めながら少女に言った。

「お父さんは聡明なお方だ。何がこれから起きるのか察しておられるのだろうね。君は、何が起きるのか分かっているのかい?」

 私が言うと、少女は首を横に振った。

「でも、自分に何かがあったら貴方に頼れ、なんて突然言うぐらいだからお父さんに命に関わる危機が迫っているんでしょう?」

 なるほど、やはり彼女は聡明だ、と私は改めて思った。父親のその言葉から、これから何かが起きることを察知したのだから。

 だが、運はよくないようだった。その頼りにするべき人間は、眼の怪我というこの稼業にとって、いや少女の願いを叶えるには致命的な怪我を負って廃業していたのだから……

「良いだろう、教えよう」

 私はお茶を諦めて、少女の目の前に戻りながら言った。少女は黙って、私の私の言葉を待っていた。

「今の組長は猜疑心が強く、その反面強欲なお方だ。お陰で組は先代の時よりずっと大きくなった。だが、その分敵も増えた。それを嫌っている組内の勢力がお父さんを組長に祭り上げようとしている」私は煙草の煙を吐き出しながら言った。「組長は組内部の自分に反対する勢力を絶つため、そして後々の跡目争いの心配を絶つためにお父さんを亡き者にしようとしている」

 それは、私が組織に居た頃から聞いていた話だ。

 実際、私がかつて『御曹司』派だったことから、反組長派の幹部から自分達の味方になるように話が来たこともあったが、私はその話を断っていた。私が『御曹司』派にいたのは、あくまで当時の兄貴分が『御曹司』派だったからで、その兄貴分が死んだ今となっては、私自身にとってはどうでも良い話だった。

「私以外で君のお父さんに恩がある人間の中には、お父さんを守ろうとしている者達もいるようだが、多勢に無勢だ」

「……」

「例えこの街から逃げても彼らはお父さんを追ってくるだろう。悪いことは言わない、お父さんを置いてお姉さんを連れてこの街を出るんだ。そのための手助けなら、私にも出来る」

 いくら彼らでも子供の命まではとらないだろう、と私は考えていた。

「分かりました、つまりあなたは父を助けてくれないわけですね」

「助けてあげないんじゃない…助けられないんだ」

 私は出来るだけ静かな口調で言った、心の中のどこかで、これは言い訳じゃない真実だ、と自分に言い聞かせていることに気付きながら……。

「それに、私は組から『退職金』を受け取ってしまった立場なのでね。組に表沙汰だって反逆することはできないよ」

「もう、良いです」

 少女は立ち上がって、部屋から出ようとした。

「お待ちなさい、お嬢さん」私は少女を呼び止めて言った。「さっき言ったこと、実行するつもりならいつでも連絡をよこしなさい。そのぐらいなら私でもしてあげられる」

「お父さんを置いていくなんて、出来るわけ無いでしょう!」

 暫くの間、少女は私を睨み付け、そして乱暴にドアを閉めて部屋から出て行った。

 少女が出て行った後で、私は煙草を灰皿に押し付けてもみ消し、ゴロンと横になった。

 ……仕方ないじゃないか、私は……私にはもう出来ないんだ……

 だったら怪我さえしていなければ私は少女の依頼を受けたのか?と私は考えたが、結論は出なかった。

 

 

 そのバーは煙草を吸いなれた俺ですら、一口息を吸い込んだだけで咳をしそうなぐらいに酷く煙草の煙が充満していた。

「何も変わっちゃいないな」

 俺は思わず小声で呟いていた。

 移ろい変わり行くのが世の中だとは言うが、短期的な目で見れば変わらないものもある。

 このバーがそうだった。

 俺が生前に最期に来たときから……いや、それよりもっと前の現役時代と少しもこの裏通りにある寂れたバーは変わってはいなかった。年中酷く景気が悪そうなことも、安酒と煙草の酷い匂いで充満していることも、これじゃ客も寄り付かないだろう、という無愛想なマスター(髪の毛は随分と白くなったが……)も、そしてのカウンターで安酒を煽っている小柄な男も。

 私の知っている限り、彼は日がなこのバーで安酒にくだを巻いている。だが、どこでどうしたものか、彼は町で一番の『情報屋』だった。働いているようには見えないが、彼の元には街中の情報が集まってくるようになっているのだ。その理由は、彼が私の知らない所で情報を集めるために足を棒にしているからかもしれないし、若い時分にそのようになる仕組みを作っていたからかもしれない。ただ、確かなことは、そんなことはどうでも良いということだった。

「不景気なようだな、相変わらず」

 私は外套の襟を立て、サングラスをかけたまま彼の横に座り、わざと声音を変えて言った。

 彼は、一瞬だけジロリと私を睨んだが、すぐに何事も無かったかのように無言のまま再び酒を煽り始めた。

「仲間を売って懐が暖かいかと思ったが、そうでもないようだな?」

 追い討ちをかけるような私の言葉に、彼はピクリと眉を上げ、「旦那、何が言いたいんで?」と言ってきた。

 釣りに例えれば、今、彼という魚は上手く餌に食いついたというわけだ。

「他意はない。つまりはそういうことだ」

「あんたにゃ、関係の無い話だ」

 彼はそう言い、安酒を瓶からラッパ飲みした。多少は動揺しているらしい。

「関係が無い……はたしてそうかな?」

 私はサングラスを外し、彼に顔を向けた。

 私の顔を見て、老人は驚いたように呑んでいた酒を吐き出し、椅子から床へと転げ落ちた。

 無理も無い、『死人』がいきなり目の前に現れたのだから……

「ば、馬鹿な、あんたは、確かに……」

「残念だが、その馬鹿な、だよ。何のトリックもないし、面白みのある話もない」

 老人は、歳に似合わぬ敏捷な動きで私の横をすり抜け、バーのドアを開けて裏路地へと逃げ出した。私は、その後ろを追いながら、あの時公園で会った少年の言葉を思い出していた。

 ……『再生者』はね、通常の人間以上の身体能力を発揮することが出来るんだ。まぁ、どのぐらい通常以上かはあんたが時分で試してみることだね。

 歳に似合わず素早い動作で走って逃げる老人と私の距離は、生前の私だったら間違いなく追いつくことはできない程離れていた。だが、今の私には大した距離ではない。私は軽い助走の後跳躍して老人の前に立ち、その逃走経路を塞いだ。老人は慌てて、私に背中を向いて正反対の方向に逃げようとしたが、同じ動作で再び老人の逃走経路を塞ぐ。

「無駄だ、諦めておけ」

 私が低い声で言うと、老人は懐に手を突っ込んで何かを出そうとしたが、私は老人がそれを懐から取り出す前に掴んで捻りあげた。その拍子に、老人のポケットから鈍く黒光りする拳銃が音を立てて落ちる。

 私は老人の手を捻り上げたまま、彼を壁に叩き付けた。

「上手い商売を考えたものだな、爺さん。旧『御曹司』派に、御曹司の敵討ちをそそのかして、その半面で決起の情報を組に売りつけたわけだ」

「違う、あっしは……」

「おかげで、待ち伏せを受けた旧『御曹司』派は全滅だ。私もな、その時死んだんだよ。比喩とか例えじゃなくて実際にな」

 私はさらに力をこめて彼の腕を捻り上げた。老人は「ちがう、あっしじゃない」と悲鳴をあげながら言った。

「今更言い訳か、爺さん」

「あの計画の絵を描いたのは私じゃない、私は『儲け話』があると聞かされて手伝っただけなんだ!」

 多分、老人の言葉が本当なのだろうことは私にもなんとなく分かっていた。だが、私はわざと「この期に及んで責任転嫁の嘘か?。吐くんだったらもう少しまともな嘘を吐け」とさらに強い力で老人の腕を捻りあげた。

「本当だ、本当なんだ!。信じてくれ!、あの計画の絵を描いたのは、百合池さんだよ!」

 私は、捻り上げていた老人の腕を離した。

 老人の言葉に多分、偽りはない。あの最後の瞬間、待ち伏せに遭って敗走する途中の私を殺したのは百合池 透、『御曹司』派の筆頭だった男なのだから。

 

 

「あなたも焼きが回りましたね」

 脚を撃たれ、苦悶の声を上げながら地面を這う私の耳に聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だった。

 歯を食いしばり、顔を上げた私の視界の中に居たのはサングラスをかけ、髪の毛をオールバックで纏めた恰幅の良い大男だった。

「百合池さん、あんた……」

 裏切ったのか、と言おうとした私の撃たれていない方の脚に激痛が走った。

 男が手にした小銃の銃口からは真新しい硝煙が上がっていた。

「引退したのですから、こんな企てに乗らないでおとなしくしていれば良かったんですよ。そうすれば、こういう結末にはなりませんでした」

「……」

「それとも、忠義とかいうやつですかね?。あんたのように組にとって使い捨ての『犬』がそんな心を持っても報われることなんてないんです。子供が異性のアイドル歌手に憧れるようなものですよ」

 男に言われて、俺はどうしてここにいるのだろう?とふと考えた。

 ……感傷か?

 私は少女の顔を思い出す。

「……あなたのせいで、お父さん死んじゃったじゃない!」

 涙でくしゃくしゃになった顔……そして、私を睨みつける純粋な怒りの感情を露にした眼。

 だから、多分、一部はそれだ。だが、それは完全な答えではない。

 ……ではなぜ?

 考える私の頭に、男は銃口を向けてきた。それは決して外れる距離ではなかった。

 だというのに、私には死に対する恐怖も、感慨も、何も無かった。

 ……ここで俺は死ぬのか

 ふと、俺はそう思っただけだった。

 ……どうして俺はここにいるんだろう?……いや、どうしてこんなことをしているんだろう?

 銃声の直後に、銃弾が頭の表皮を突き破り頭蓋を砕いて脳へめり込んでいく瞬間になって、俺はそう思った。

 ……多分、それが知りたかったんだな

 それが覚えている限り、普通の人間としての私の最期の思考だった。

 

 

 老人は、私から這うようにして逃げようとした。だが、私はその襟首を掴んで言う。

「待て、誰が行っていいと言った?」

「ゆ、許してください、旦那。あっしは、もう……」

 顔を引きつらせながら老人は言ったが、わたしは我ながら邪悪な笑顔に顔を歪ませながら老人の胸倉を掴み、そして無理矢理その口を開けさせた。私の手の中には、あの少年から貰ったカプセル状の薬があった。

 ……それは『人形作り』って言ってね、中世の戦場で兵士達が、慰み者にするためにかどわかして来た娘達が言うことを聞くようにするために使っていた薬のレプリカだよ。十字軍戦争の時に中東からヨーロッパに持ち込まれた薬なんだけど、処女すら娼婦に変えるって言うんで、当時の戦場では爆発的に流行したんだけどね、その危険性から時の権力者達によって徹底的に弾圧された薬でもあるんだ。なにせ、処女すら娼婦に変えるというのは、言葉を変えれば、忠臣や寵妃すら暗殺者に変えるってことだからね。まぁ、当時は魔女裁判や異端審査なんてものもあったから、それにかこつけて権力者達は罪をでっち上げて、その薬の製造者達を徹底的に弾圧したわけさ。ま、さっきも言ったけど、それはそのレプリカだからそこまで効果はないんだけどね……

 私はその薬を彼の口の中にねじ込み、そして無理矢理飲み込ませた。

 私が手を離してやると、老人は地面にしゃがみ込んで苦しそうに咳き込みながら、「旦那、あっしに何をしたんです?」と聞いてきた。

「何を『した』んじゃない。何を『する』んだよ」

 私は、そういって彼の両肩を掴んで立たせた。『再生者』になった私にとって、老人の体重は張子の人形ほども感じられなかった。

 ……再生者になった、あんたの歯の裏には、出し入れが自由な牙があってね、そいつで相手に噛み付くと……

 私は口を開け、おののく老人の首筋に噛み付いた。私の歯の裏にある牙が飛び出し、老人の皮膚を切り裂いて血管に突き刺さり、牙から分泌された体液が老人の血液に溶けていくのが感じられた。それは、まるで蛇が時分の口内に閉じ込めた獲物に止めを刺すために毒牙を突き刺す行為に似ていた。

 老人は悲鳴をあげたが、やがてその声も静かになった。

 私はゆっくりと老人の首筋から牙を抜き、そして言った。

「これでお前は、もう私には逆らえない……お前の見るもの、触るもの、感じたものは全て私のものだ」

 それは、昔テレビで見た吸血鬼の台詞に似ていた。だが、事実だ。

 ……その牙はある種の毒を分泌できるようになっているんだ。その毒によって、噛みつかれた相手と『再生者』は五感の共有が出来るようになるし、意識を集中すれば相手が拒絶したり、それがその相手にとって禁忌になる行為じゃない限り相手を時分の意のままに操ることができるようにもなる。もっとも、よっぽどの熟練者じゃない限り相手を操っている間は自分の体を動かすことが出来なくなるんだけどね……

「疑うのならば、試して見ようか?」

 私は、そう言うと先程の拳銃を拾って老人の手に握らせた。

 老人は即座に、私に銃を向けようとしたが、その銃口が私に向けられることは無かった。銃口が向けられたのは老人自身だったのだ。そして何が起きたか分からず慌てる彼をよそに、銃身は彼自身の手によってその口内に少しづつねじ込まれていった。彼は歯を閉じたり、首の位置を動かして銃身を口内から吐き出そうとしたが、抵抗空しく銃身はすっかり彼の口内に消えてしまい、そして自分の手によって銃の安全装置が外された。

 ……でもね、この薬を最初に飲ませててから毒を体内に入れるか、毒を体内に入れてからこの薬を飲ませれば、『再生者』に対する体の操作の拒絶は出来なくなる。例え、それがその人間にとっての禁忌事項でもね……

 声にならない悲鳴に続き、銃声が一発路地裏に響いた。

 住人の何人かが驚いて窓を開けたが、すぐにその窓は閉じられた。触らぬ神に祟りなし。この路地裏では別に銃声や悲鳴ぐらいは珍しいものではないのだ。酔っ払いや粋がったガキが窓という窓を狙って銃を乱射しているのならまだしも、一発ぐらいの銃声ならば自分が被害に遭わない限り気にするわけもない。

「これで分かったろう?」

 私は、銃を空に向けたまま放心状態で力なくその場に座り込んだ老人に言った。その怯えきって冷や汗に濡れた顔は、すっかり土色になっていた。

「お前は私を裏切れない。お前が考えていることや、お前がとった行動は、これから四六時中私に筒抜けだからな」

 私は嘘を言った。あの少年が教えてくれたことに拠れば、私が彼の体内に流し込んだ毒が効力を発揮するのは最長で5日程度、短ければ1日ぐらいだ。また、老人に飲ませた薬が効力を発揮するのもせいぜい1日が限度なのだ。

 だが、嘘は相手に分からなければ嘘ではない。

「下手なことを考えたり、私の命令に逆らうのならばお前の頭はその時点で砕け散る」私は、老人の内ポケットに銃を戻しながら言った。「分かったな?」

 老人は慌てたように首を縦に振った。

「それでは、さっそく仕事をしてもらおうか。頼みたい仕事が2件ある」

「なんでしょうか…」

 老人は、すっかり力なく肩を落としながら言った。

「一つは百合池に関する情報を集めてもらいたい。そうだな……例えば、彼が一人になる場所、もしくは護衛がいなくなる場所を特に調べてもらおうか」

 老人は首を縦に振った。迂闊なことを言って、私の機嫌を損ねないようにするためかも知れなかった。

「もう一つ、御曹司のもう一人の娘の安否の確認をとってもらいたい。そして、まだ生きているのならば私の所へ連れてきてもらおうか」


 少女と再会したのは、記憶が正しければ丁度最初に会ってから1週間後だったと思う。

 彼女は、やはり私のアパートの入り口に蹲っていた。

「やぁ、君は……」

 私が声をかけると、少女は立ち上がり、俯いたまま私に近づいてきた。

「どうしたね?。私の言う通り街を出る気に……」

 そして、私が喋り終えるより前に、彼女は突然私の頬を平手で打ったのだった。

「あなたのせいでお父さん死んじゃったじゃない!」

 呆然とする私に、怒りをこめた口調で彼女は言った。

 ……御曹司が死んだ?

 私には、まだ少女の言った言葉の意味が分からなかった。

「君……」

「貴方のせいよ!、貴方が守ってくれなかったから、お父さんは……」

 そこで彼女は言葉に詰まり、俯いていた顔を上げた。

 そこには涙を湛えた、真っ直ぐに私を見据える怒りに満ちた瞳があった。

「『御曹司』は……お父さんはお亡くなりになったのかい?」

「そうよ、昨日の晩、誰かに銃で撃たれて死んだわ」

 ……そんな

 私は何を言っていいのか分からず絶句した。思っていたよりも事態は早く展開してしまった。

「私は……」

 私は、少女に何か言おうとしたが、少女は踵を返して私の目の前から走り去った。

 私は少女の後を追ったが、既に少女はアパートを出て何処かへ消えていた。

 仕方なしに、私はアパートの自分の部屋に入り、普段は観ないテレビのスイッチを入れた。

 やがて始まったテレビのニュース番組では、この街で起きた銃殺事件についてアナウンサーが無機質な声でニュースを読み上げていた。そして、アナウンサーが読み上げた犠牲者の名前はまごうことなく『御曹司』の名前だった。

 私は、ただ、呆然とテレビの画面を見つめ続け、少女が言った言葉を頭の中で反芻した。

 ……あなたのせいでお父さん死んじゃったじゃない!……貴方のせいよ!、貴方が守ってくれなかったから、お父さんは……

 私は仰向けになり、「仕方なかったんだ……」と呟いたが、その言葉が自分に対する言い訳にしか聞こえなくなっていた。

 私の選択は決して間違えてはいないはずだった。眼を怪我した私が御曹司の護衛をしても、御曹司を守ることはおろか他の護衛の足手まといになったかもしれないのだ。だが、私が御曹司の護衛についていれば違う結末だってあったのかもしれない。せめて彼女を傷つけずに済んだ、違う結末が……

 御曹司派の百合池から御曹司の仇討ちの話を切り出されたのは、その日の晩だった。

 私は……なぜ、そうしたのか自分でも分からなかったが、一も二も無くこの話に飛びついていた。

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