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2008-08-12

やみのもり×シバラハシア

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倒しても、倒しても。

倒しても倒しても、倒しても倒しても。

「出てこい!」

 現れない。眠り姫は、どこだ。

 森の中は、死体で埋まっていた。現れる人影を、シバラハシアは片端から十字架で殴り殺していった。いや、殺しているわけではない。こいつらははじめから、死体だ。ただの、動く死体に過ぎない。

「出てこい! どこだ! どこにいる!」

 死体を操っているのは、この森の深奥に住まう姫だ。この森に住まうその他の全ての人間は、哲学的ゾンビに過ぎない。数百年前の伝説にはかくある。かつて森の孤城が疫病に蝕まれ、王と召使いたちは幼い姫のために命を捧げた。彼らの生命は森を覆う魔力となり、森の死者は考える死体として動き始めた。以来、姫は絶えることのない使者たちに守られて生きている。

「現れろ死に損ない! お前を殺しに来た!」

 その姫が、獣だった。だからシバラハシアは獣を狙う。森にひしめく老若男女を、倒して殺して潰し続ける。

「そんなん言われて出てくるわけないやない。ばかね」

 傍らで、小さな娘が笑った。

「……ッお、まえかッ!」

 十字架を、ひときわ大きく振るう。娘の顔が潰れて吹き飛び、身なりのよい服を纏った身体だけが残る。

「その子とちゃうよ」

 また反対の方向で、妙齢の女が呟く。一転して質素な身なりの、清貧を表したような女。子供っぽい言葉遣いが、その姿にそぐわない。

「こッの……!」

 同じく、叩き潰す。頭から縦に、釘を打ち付けるように。

「だからあ、ちがうてー」

 もう見ない。ただ声の方向に十字架を叩き付ける。

「やめてほしいな。クオリアがないいうだけで……おなじ人間やのに、ひどいわ」

 今度は、小さな男の子の声だ。迷わず、潰す。

「なら現れろ! 仲間を潰されるのが見たくないなら、こそこそせずにお前が出てこい!」

「ゆうてもな……無理やねん」

「なんだと!」

「あたし、もう死んでるよ」

「な……に……?」

 シバラハシアは初めて十字架を振るう手を止める。

「だって、この森が死びとの森になったんて、もう四百年も前やで?」

「馬鹿な……ならばこのゾンビどもは何だ? お前が生きているから、このゾンビどもも動いているのではないのか?」

「あのな、この森の人らが動けるんは、あたしの魔力やない。死びとがものを考えて動きまわれる、そういうを場所をあたしのおとうさんとか召しつかいさんたちが命をかけて遺してくれたっていう、それだけのことやねんで?」

「じゃあ、お前は何なのだ。今そうして喋っているお前は!」

「だからあ、」

 今喋っているのは……声と違和感のない若い娘だ。この森の眠り姫も、やはりこんな姿をしていたのではないかとシバラハシアは思う。

「私はしばらくこの森で死びとのみんなといっしょに暮らして、そんでふつうに年とって寿命で死んだ。でもな、この森は死びとがものを考えて動きまわれる森やねん。魔力を持ってるのは森じたいやから、私が死んでも関係あらへん。私は死んでからも、この森の中で考えて動きまわってる」

「つまり……」

 シバラハシアは十字架を降ろす。十字架を降ろし、森を見上げる。

「つまり……この森は、そういうシステムになったということか。主人の……作った者の意図を離れて、自律して動くシステムに」

「そうやね」

 シバラハシアは、溜息をつく。

「邪魔したな」

 十字架を肩に担ぎ、踵を返す。

「帰るん?」

「ああ。お前は勝てない相手だ」

「すんでる人みんな動けなくして、この森じたいを焼きはらうとかしたら、システムじたいを殺せるかもしれへんで?」

「時間の無駄だ。それに、死者に用はない」

「そおか。あたしもそうしてくれたら文句ないわあ」

 シバラハシアはもと来た道を引き返す。もうこの森に未練はないようで、自分の叩き潰した死体たちをずんずん踏み越えていく。その背中に、娘は呼び止めるような声をかけた。

「また来る?」

 シバラハシアは振り返る。

「お前は、私に出てって欲しいのか欲しくないのか、どっちだ」

「暴れてはほしくないけど、遊びにくるんやったらええよ」

 シバラハシアは頭を振り、また溜息をつく。

「そのうちな」

 それきり、シバラハシアは二度と振り返らず去っていく。

 "そのうち"は、二度と来ない。

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