2008-12-15
■ [mythology]ダブルポータル制

ゆらぎの神話は広まる広めると言いながら、アクションが内側を向きがちである。
この性質はポータルにも深く根ざしており、これまでの神話ポータルは、ほぼ身内の利便性に貢献するものだった。
これを対外的なポータルとして作り変えようとしたところ、かなりの機能をトップから外さなくてはならないことになり、これまでのポータル利用者が困る事態が懸念された。
そこで、これまでのポータルのほぼそっくりそのままのコピーを用意した。
http://sacrification.g.hatena.ne.jp/
これまでの参加者は、ブックマークをこちらに変えるだけで、ほぼ変わりない機能を利用できる。こちらをうちわ向けの裏口とし、flickerの方を作品紹介などをメインとした対外的なポータルとするというのはどうだろうか。
■ [mythology]新ポータルの狙い

豊穣さ
これまでの記述・小説偏重主義を脱し、バラエティに富んだ作品をトップで紹介することとした。
一見して「いろいろなことをやっている」ことがわかり、神話の「なんでもあり感」を表現している。
また、多様なジャンルの作品を載せることによって、小説以外の方面に興味を持つ人にフックを引っかけやすくなった。
情報の縮小
はじめて来た人にとって、アップローダのあるなしは不要な情報である。「はじめてきた人が、ゆらぎの神話に興味を持つ上で必要か」という視点から、不要と思われる情報を削除した。あしかやカレンダーなど、メンバーですらまったく使わない情報もあり、とうぜんこれらも削除した。
また、全情報が0スクロール以内に収まるよう配慮した。
作品中心主義
対外的なアピール性能が高いと思われるものを選び、特に「ゆらぎの神話らしさ」などは選出の基準としなかった。
「矛盾がどうこう」といった理念も特に載せていない。
ここに選んだものは対外的なアピール性の点でゆらぎの神話が提供できる最高レベルのものであり、もし、ここに選んだ作品群の中に「矛盾を許容する」という性質を読み取ることができないとしたら、「矛盾を許容する」という理念は単なるお題目であり、他人に堂々と見せられるレベルでは実現されていないということだ。
逆に、こうした神話性が空虚な念仏ではなく、真に参加者にとって重要な意義を持つものであるなら、それは作品に現れ、語らずともビジターが読み取れるようなものでなくてはならない。
ハードからソフトまで
作品中心主義の理念に対し、「でも自分のは創作じゃなくて創作ごっこだから」というレスポンスがあった。
創作ごっこも含めて創作であり、そもそもどこからどこまでが創作でどこからが創作ごっこであるとも言えず、「創作ごっこ」という言葉でおそらくは意図していたであろう、肩の力を抜いて気楽にアウトプットできるようなものも含めて、神話の重要な構成要素だ。
「真剣に何かを作ったりもするけど、気楽に参加できる」という性質を、説明せずとも伝わるよう作品を選んだ。
導入性の重視
「創作サークルとしてカッコつける」ことよりも、「楽しそうで入ってみたくなる」ということを重視した。人を呼ぶには唯一無二の特色は必須ではない。「うちのサークルみんな面白い人ばっかでめっちゃ楽しいよ☆」で、新歓はできるのである。
また、現状おそらくは神話のメインコンテンツであるチャットに入りやすいよう、チャットをメインコンテンツとして取り上げた。
トップに作品と並列する形でチャットを置くことにより、「何も知らないで神話の理念だけ聞かされてチャットに来たけど、何を話せばいいかわからない」という状態を回避できると期待している。これらの作品のどれかひとつでも興味を持てば、その話題を持ってチャットに参加することができる。
その他、細かいことについて
後日述べる気があったら述べる。今日はもう疲れた。
なお、どうしてもこのポータルは許せないという人は、アップローダにzipファイルをあげておいたから、この中に入っている3つのテキストファイルをそれぞれ、管理ページの対応する箇所に貼り付ければ復旧できる。
管理ページへはうとさんに言えば、管理権限をくれるのではないかと思う。
提案だが、管理人は、グループ参加者全員に管理権限を与えてしまってはどうだろう。
各自、更新する際に、このような形で自分の更新内容を保存しておけば、荒らしが参入してきた場合なども簡単に元に戻せる。
部分的にこのポータルはまだ不完全であるが、大雑把に理念は伝わったのではないかと思う。
細かいところの修正は今後行っていく。クーミンやバルダーについても、キーワードで簡単な紹介をするつもりだ。
なお、の~まる・かっぷりんぐ!については、アップローダにあげると余計な1クリックを負担させることになってしまうので、仮の表示場所として私のサイトにアップした。これだと私の作品に見えてしまいかねないので、最後にクレジットを加えた。
レストに関しては、アップローダの過去の音楽ファイルが私のパソコンではどれひとつ再生できなかったので、現状同じく私のサイトに置いてある。
※理念的な説明は、あとでどこかにリンクを張るくらいのことはしようと思う。
2008-12-01
はじめに断っておきたいが、会議やブレストをすること自体に不満があるのではない。
この間のは、導入記事を書こうと人に呼びかけている人間が導入記事を書かず、書けと言えば自分がいかに書けないかを説明され、むやみに宣伝ばかりすることに対して明確な理由とともに反対意見も出ているのはまったくとりあわず導入記事の内容について話し合い、議題を決めるのはutsmさんだが会議を開いているのはutsmさんではなく、神話をCGMとして捉える表明はなされたが、CGMが何なのか、それが神話とどう関わりあうのかを参加者のほとんどが理解していないにもかかわらず、2行程度の説明文にリンクを貼るだけで何も説明がない。そんなものが会議呼ばわりされていて半オフィシャルなイベントとされているのが腹立たしかった。
「ブレストしようとするとnivがキレる」というわけではないのでご理解願いたい。
■ [mythology]神話を広める価値はあるのか

ここに書かれている理念は、ニコニコですでに実現されていないだろうか。
神話の理想として何度か用いられた「FFの召喚獣にマロゾロンドが」という言い回しは、「商業ベースをも動かす力を」という意味であると思うが、「初音ミクがネギ」にすでにその完成形を見ているのではないか。
人がすでに呼吸のように当たり前にやっていることを理念として掲げて大声で喚くのは、今頃になって「マンガを読むとバカになるというのは嘘です!」と街中で叫ぶようなものだ。著作権的に頭の固い方面に対する十字軍となるつもりならそれはそれで価値もありそうだが、どうにも、ニコニコユーザーやらその辺にばかり向かって歩いているように見える。
すでに誰かが成功させてしまった革命をもう一度起こそうとしてもしょうがなく、ゆらぎの神話のアイデンティティは、既存の設定を活かして創作物を作っていきましょうという、ただの創作サークルとしての価値しかないのではないだろうか。
発足当時の目的がどうだったにせよ、現状そのようにしか機能していないのなら、時代遅れの理念やら外人やらは奥にしまって、「我々のすでに作った設定でシェアワールドな作品を作るサークルです、あなたが設定を追加してもいいです」とした方が誠実ではないか。
あくまで理念的な集団としたいなら、ニコニコや2chでの創作活動ではできない、またはそこにまだ存在していない何らかの価値を打ち出す必要がある。
■ [mythology]それはそれとして神話を広める方法を考える

神話をどのようなものとして捉えるか、打ち出していくか、とは切り離して、神話をどう広めるかは思考可能であるので、そこを考える。
上のリンクは、神話ポータルのブックマーク数になる。ブックマークの中にはゆらぎの神話参加者もいるのでこれを除外すべきではないか、だとか、当然ここに入っているべきはずの
がないだとか、疑問は残るが、ひとまず、このブックマーク数を対外的なアピール性能の基準として考える。神話参加者のブックマークも多いが、そうでないブックマークも含まれている。ほかに、客観的に数字として示せるような基準ははてなスターくらいしか思いつかない。
ブックマークが3users以上のものは、ほぼ以下のどれかに当てはまる。
・ふざけているもの
・ゲームであるもの
・絵
・ネット・現実などをネタにしたもの
・創作ではない、意見の表明や感想など
ゆらぎの神話の記述の大多数を占める「ファンタジー世界の」「シリアスとは言わないかもしれないが、笑いどころがあるわけでもない」「これといって現実の何かを面白く扱っているわけでもない」「テクストの」「創作作品」はほとんど見られない。
この結果をいったん保留にしたまま、次にからすとうさぎさんのブックマークを覗いてみる。からすとうさぎさんは神話に来る人の中でも特別に趣味が偏っている人間ではないと思うので、神話参加者の興味の方向の一例としてこれを取り出してみる。
日によって変わるものだが、現時点で確認したところ、
・動画
・ニュース
・感想・日記・評論
・誰もが知っているものを題材としたユーモラスな創作
がほとんどである。これは、神話ポータルのブックマーク数の検証結果とも相似している。
これは、「創作者としてあるまじきブックマーク姿勢だ!」というようなことが言いたいのではない。
反論しようと思えば、反論するだけならたやすい資料だとも思う。しかし、その前にちょっと考えてみて欲しい。
あなたは、
「xx-internetやプロの作家のような、すでにネームバリューを手にしているのではない」
「友人や知り合いでない、赤の他人が書いた」
「ファンタジー世界を舞台とする」
「シリアスか、シリアスではないにしても、これといってユーモアも感じられない」
「オリジナルか、まったく知らないか、まったく興味のない設定の」
「小説作品」
を、ふだんネットで読んでいるだろうか。読みたいだろうかそんなものを。
赤の他人が書いていたとしたら絶対に自分では読まないようなものを書いているのだとしたら、外から人が来るわけがないのではないだろうか。
無論、人が来る来ないは別として、誰しも書きたいものを書いていい。人が来ないものを書いてはいけないという理屈はない。ただ、本当に人を呼びたいのだとしたら、その目的には沿わないアクションだ、とは言えると思う。
2008-05-11
■ [PGRT]

(1)
「パンゲオン・ライオットだってよ」
「王の座をかけて争うんだと」
「そんなことしてなんになるんだ」
「上の言うことだ、しょうがねえ」
「争うって、命の取り合いしろってわけじゃねえんだろう」
「ゾートとエリェンヒルダがいるから、殺し合いだと終わらねえ。勝ち残るのは一匹だけって書いてあるからな」
「書いてないからなんでもいいんじゃねえのか。文句言われたら考えりゃいいよ」
「俺、自分の彼女よりかわいくない女連れてる男見ると『勝った』って思うよ」
「じゃあそれでいいや。彼女がいるやつは手を挙げろ」
「お前らけっこうやることはやってんだな。ピッチャールー、挙げる手は一本でいいんだ」
(2)
「あたしらはどうすりゃいいかね」
「彼氏でいいだろう。カチャックとシェムは連れてると勝ち負け意識するようなのなら何でもいい」
「わりい、やっぱみんな手下ろして。いないやつが挙げて」
「いないやつが挙げるんだよ。どっちなんだお前」
「ねえ、そういや『19匹の獣が目覚め』って書いてあるけどどうするね」
「こん中で今まで寝たことがないやつはいるか」
「ピッチャールー、なんでも手挙げるのはよせ。お前ほんとに女いるのか?」
「いないな。平気だ、全員目覚めてる」
「3匹ね。じゃあ、チャフェレとエリェンヒルダとツォグクプは脱落。深く傷ついて家に帰れ」